44.不穏な影
フローリアの街までは馬で向かう。
三頭の馬が整備された街道を進み、緩やかな時間が流れる。
「ん……」
「おいユレン、いい加減拗ねるのはやめろって」
「別に拗ねてない」
「どう見ても拗ねてますね」
フサキ君にも言われてしまう始末。
私にもわかるくらいユレン君はむくれていた。
ヒスイさんがため息をこぼす。
「あのな~ アリアを後ろに乗せてあげたい気持ちはわかる。けど主の馬に従者を乗せるわけにいかないだろ?」
「そんな話してない」
「殿下って時々子供みたいなこと言いますよね~ 子供のオレが言うことじゃないけど。ね? 姉さん」
「はははははっ」
私は何と答えればいいのだろうか?
馬は三頭。
数が足りなかったわけじゃなくて、私が馬に乗ったことがないから、誰かの後ろに乗せてもらうことになった。
ユレン君は王子様だから、後ろに従者は乗せられない。
フサキ君も馬には乗れるけど、身体が小さいから二人乗りは危険。
という理由で今、私はヒスイさんの後ろに乗せてもらっている。
「すまんなアリア、うちの主が子供で」
「誰が子供だ!」
「反応する時点でわかってるだろ~」
この二人は普段通りだ。
拗ねているユレン君を見るのは新鮮だけど、和やかな雰囲気が心地良い。
馬に乗る経験も初めてで、普段より視線が高いから、周りの景色も違って見える。
「まぁ良い。どうせすぐにつく」
「二時間くらいはかかるけどな?」
「うっ、余計なこと言うなよ。せっかく割り切ってたのに」
「やっぱり気にしてるんじゃないか」
ヒスイさんに煽られ、いい様にからかわれたユレン君は眉をぴくぴく動かす。
怒りを堪えているのがわかりやすい。
王子の彼に意地悪を言えるなんて、王城でもヒスイさんだけじゃないかな?
普通だったら即クビになる案件だ。
しばらく進むと、商人の馬車とすれ違う機会があった。
ユレン君に気付いた人たちは馬車を停め、一礼して通り過ぎるのを待つ。
この街道は商人たちの通り道になっているようだ。
「あの、今さらなんですけど、王子のユレン君が堂々と外出しても大丈夫なんですか?」
「普通は駄目だな。本来なら大人数で警護するだろう」
ヒスイさんは軽いノリで答えた。
彼の言う通りだと私も思うけど、今はたった四人で外出中。
私は戦えないし、もし同行しなかったらヒスイさん一人だったことになる。
「前にも話したけど、俺は一人でも十分戦える剣の腕がある。下手に護衛をつけられるより、少人数のほうが動きやすいんだ」
「俺もいるからな。よほどの馬鹿じゃない限り襲って来ない」
「って感じで、父上には許可をもらってるぞ。最初に貰うまで苦労したけどな」
「それはお前がよく抜け出してたからだろ」
二人の話を聞いてなんとなく場面が想像できてしまう。
ユレン君は私と森で会っている間も、勝手に城を抜け出していたみたいだし。
国王陛下も心配したに違いない。
私も一応当事者側だから、悪い気持ちがあったり。
話をしながら街道を進む。
平和そのもの。
風の吹き抜ける音と鳥の鳴き声がよく聞こえるくらい。
穏やかな時間だった。
襲われるなんて不安は一切なくて、事実何事も起こらなかった。
私たちには何も。
「ん? 殿下! あの荷車煙出てますよ!」
「なに?」
最初に気付いたのはフサキ君だった。
私たちが進んでいる街道の先に荷車が停車していた。
うっすらとだが煙が立ち上っているように見える。
馬車の周りには武装した男たちが数人。
あきらかに不穏な空気が漂う。
「盗賊の襲撃か?」
「ヒスイ」
「ああわかってる。急ぐぞ」
ユレン君とヒスイさんの馬が加速する。
少し遅れてフサキ君も鞭をうち、三頭の馬がかける。
「おら! さっさと全部出しやがれ」
「や、やめてください! それはうちの大切な商品で」
「うるせぇぞ! 殺されてーのか?」
怯える男性に剣を突きつける盗賊の男。
下衆な笑みを浮かべる彼に、ユレン君が叫ぶ。
「そこまでだ!」
「あん?」
彼らの視線がこちらに向く。
ユレン君が馬から飛び降り、ヒスイさんも続く。
私はヒスイさんに手を引かれて降りる。
「フサキ、彼女を守ってくれ」
「了解です! こっから援護しますよ」
「ああ」
「何だてめーら」
ぞろぞろと盗賊が姿を現す。
荷車の裏に隠れていた数もいれて八人。
全員武装している。
不安になる私の前にフサキ君が立ち、振り返っていつもの調子に言う。
「大丈夫ですよ。二人なら問題ないです」
そう言われても、心配なことは変わらない。
私はごくりと息を飲み、ユレン君たちを見守る。
「俺の国で勝手されると困るな」
「あ? 俺の国だと……」
「おいこいつ例の第三王子じゃないか?」
「なっ、マジか」
盗賊たちの雰囲気が変わる。
ユレン君の正体に気付いてから、急に及び腰になる。
「ちっ、ずらかるぞ」
そのまま戦うことすらなく、彼らは逃げて行っていく。
ヒスイさんが尋ねる。
「追うか?」
「いや、今は怪我人の手当てと荷車の安全確保が先だ」
「わかった。フサキも手伝ってくれ」
「了解です!」
フサキ君とヒスイさんで倒れている人たちに駆け寄る。
剣を鞘に納めたユレン君は、逃げて行った盗賊たちを見つめながら、とても悲しい顔をしていた。






