42.病と闘う君を
もくもくと作業が進む。
集中すると三人とも会話が減って、錬成台の起動音と素材や工具の音だけが響く。
時計の針が進む音も、立ち位置によってはよく聞こえる。
「あ、姫様」
「なに? フサ君」
「そろそろ戻る時間じゃないですか? ほら時計」
「え、あ! 本当だ!」
イリーナちゃんは驚き大きな声をあげる。
彼女の声をきっかけに、アトリエ内は少し騒がしくなる。
「ごめんなさいお姉さま! 私そろそろ次のお稽古があるので戻らないと。まだ途中なのに……」
「気にしないでください。私もお仕事頑張るので、イリーナちゃんも王女として頑張らないと」
「はい! 頑張ります!」
手元に触っていた素材を丁寧に並べると、イリーナちゃんは出口の扉に向う。
元気いっぱいに振り返り、にこやかに言う。
「それじゃ行ってきます! 早く終わったらまた来ますから!」
「はい。いってらっしゃい」
「無理しちゃ駄目ですよ~」
「うん!」
イリーナちゃんは可愛らしく手を振って、庭をかけ王宮のほうへ行ってしまった。
私とフサキ君は彼女が見えなくなるまで見送る。
「元気になって良かったですね~ あんなに走り周る姿なんて、昔じゃ考えられなかった」
私の隣で彼が言う。
病気と闘っていた頃の彼女をフサキ君は知っている。
当時のことを思い出しているのか、その表情からは懐かしさを感じる気配がした。
彼は私のほうへ視線を向ける。
「姉さんがポーションを作ってくれたんですよね?」
「ええ、そうみたい」
「もう散々言われたと思いますけど、オレからもお礼を言わせてください。姫様を助けてくれて、ありがとうございました」
フサキ君は深々と頭を下げた。
普段はおちゃらけている彼が、真剣な顔と声でお礼を言う。
心の底から、イリーナちゃんのことを案じていたからなのだろう。
彼女が病気だと知ったのはつい最近だけど。
私が作ったポーションで、彼女は元気になってくれた。
多くの人の役に立ってほしい。
そう思って作った物で、彼女の命を救っていたことは、本当に良かった思う。
「ねぇフサキ君、昔のイリーナちゃんってどんな様子だったのかな?」
「え? 昔って病気だった頃ですか?」
「うん」
「気になるんですか?」
気になる。
病気で苦しんでいる人の様子が知りたい。
と言い換えると性格が悪いけど、私だけ知らなくてみんなが知っているから。
「駄目かな?」
「別に良いですよ? 隠すことじゃないですしね~」
「ありがとう。じゃあえっと、作業しながら聞いても良いかな?」
「もちろん。仕事サボってたらそれこそ姫様に怒られちゃいますからね」
私たちはアトリエの中に戻る。
フサキ君は空になったポーション瓶を洗い、私は錬成台の前で作業する。
「姫様の昔ですけどね。大体は今とおんなじでしたよ」
「え? そうなの?」
「はい。あーでも、オレが護衛に付いたばかりの頃は大人しかったかな? 部屋のベッドで本を読んでて、つまんなそうな顔してました。まさに囚われの姫って感じでしたよ」
「囚われの姫……」
今の彼女からは想像が出来ない。
彼は話を続ける。
数年前から今日に至るまで、姫と護衛の間に出来た物語を。
◇◇◇
イリーナ・セイレム。
セイレム王国の幼き王女。
彼女は生まれつき身体が弱く、その原因となっている病の名は先天性マナ循環障害。
昔からある病にも関わらず、未だ治療薬が完成していない難病だった。
マナは体内に宿る生命エネルギーの別称。
命そのものと言っても過言ではない。
彼女の抱える病は、マナを急激に消費してしまう恐ろしいものだった。
食事をとっても栄養にならず、身体を動かしても筋肉はつかない。
頑張れば頑張るほど衰え、衰弱していく。
だから彼女は、部屋からまともに出ることが出来なかった。
それどころか、ベッドの上から降りることすら辛いほど。
吹き抜ける風が本のページをめくる。
窓は開いていて、青い空が見える。
外はとても心地よさそうな日差しが降り注いでいるのに、自分は出ることが出来ない。
「……このままなのかな」
一生、何も出来ずに終えていくのか。
そんな寂しさを感じていた彼女の前に、彼は唐突に現れた。
「つまんなそーな顔してますね~」
「え?」
窓から颯爽と現れた彼はまるで、囚われの姫を救い出すためにやってきた王子様のように。
無邪気な笑顔で語り掛ける。
「本読んでもつまらないなら、オレが面白い話をしてあげますよ!」
それが二人の出会いだった。
当時の彼女は、フサキが護衛になったことを知らなかった。
彼もあえて口に出さず、友人のように接していたから。
王女である彼女が気兼ねなく話せる相手になれるようにと、彼なりの配慮だった。
「ねぇフサ君! その後はどうなったの?」
「やばかったですよ~ そのまま海に落っこちちゃってビショビショ」
彼の明るさが上手く作用して、イリーナも次第に活力を取り戻していった。
いつか病気を治して、外の世界を見たい。
庭を駆け回りたい。
そんな風に彼女が思えるようになったのは、フサキの存在が大きかっただろう。
「その時はフサ君が案内してね?」
「もちろんですよ! 世界中のどこだって連れて行ってあげますから!」
病と闘う彼女を見てきた。
彼は傍らで、肉親以上に近しい距離で。
そして半年前。
イリーナ姫は病から解放された。
隣国の錬成師が作り上げたポーションの力で。






