41.少年と王女
「今日から頑張らせていただきます!」
「……そのセリフは昨日も聞いた気がするけど」
「昨日とは違う言葉使ってるので別物ですよ!」
昨日から私の助手になったフサキ君。
年はイリーナちゃんの一つ上で、元々は彼女の護衛をしていたとか。
色々あって私の護衛も兼ねた助手になってくれたわけだけど……
「じゃあ昨日の続きから始めるよ」
「了解です! 素材並べておきますね!」
「うん」
錬成術は奥が深い。
素人が軽々しく手が出せるような仕事じゃない。
その助手であれ、ある程度の知識を身に着けてやっと話についていける。
ユレン君は独学で学び、イリーナちゃんはユレン君から教わって。
それぞれ基礎となる知識があったから、私の話や作業にもついてこられる。
対してフサキ君はというと……
「いやー錬成術って聞いてたより難しいですね~」
「そうだよ? 私だって小さい頃からずっと勉強し続けてるんだから」
「殿下から聞いてますよ! オレのは一夜漬けなんで全然敵わないですわ~」
「……一夜漬けでここまで覚えられる方が普通じゃないけどね」
私はぼそりと呟き、彼の有能さにため息をこぼす。
なんとフサキ君は私の助手になるとわかった日に、錬成術の基本知識を全て叩き込んだそうだ。
最初聞いた時は嘘だと疑ったけど、今では信じるしかない。
「次の錬成に使うのこれですよね? あとこっちも使うなら用意しておきますよ」
「ありがとう。順番に並べておいてもらえる?」
「了解です!」
私がやりたいことを先読みして、必要になる素材を準備したり。
錬成の失敗から足りない要素を思考していると、私よりも先に正解にたどり着いたり。
ちょっと嫉妬しちゃうくらいに優秀だった。
というより彼みたいな人のことを、本物の天才と呼ぶのだろう。
ユレン君やイリーナちゃんもそうだけど、この国の人たちはどこか飛びぬけて光る才能を持った人が多い気がするよ。
惜しむらくは、彼にも錬成台を操る資格はなかったことか。
「世の中不平等だよね」
「それは仕方がないですよ~ みんなが皆、何でも出来る人ばっかりなら、むしろ世の中恐ろしいことばっかりになりますよ」
「そ、それはそうかも」
というか聞こえない声量で言ったはずなのに、今のが聞こえていたのか。
フサキ君は耳も良いらしい。
「お、そろそろ走ってくる頃ですね」
「え?」
彼の一言の直後、ガチャリとアトリエの扉が開く。
「こんにちはお姉さま!」
「イリーナちゃん」
「ほら来た」
イリーナちゃんがアトリエにやってきた。
走ってきたから少し呼吸が乱れている。
「フサ君もこんにちは! ちゃんとお仕事手伝ってくれてるんだね!」
「そりゃーもう、これがオレの仕事ですから」
フサキ君と話をしている時、イリーナちゃんはとても楽しそうだ。
二人は彼が護衛をしていた時からの知り合いで、一番の仲良しだという。
驚きなのは二人の関係を計らったのは、あのガーデン公爵様だったという話だ。
病気の所為で部屋からほとんど出られなかったイリーナちゃん。
彼女を気遣って、同年代の彼を護衛に推薦した。
フサキ君の性格も良い方向に働いて、イリーナちゃんは病気と闘いながら笑顔を見せるようになったとか。
「お姉さま! 今はどこまで進んでいますか? 私もお手伝いします」
「ありがとうございます。でも良いんですか? 王女様としてのお仕事を終えたばかりですよね?」
「全然平気です! お仕事と言っても今まで出来なかった習い事ですから」
王族に生まれた者は、その地位に相応しい振る舞い、能力を身に着けるため教育を受ける。
本来は物心ついた頃から始まるらしいが、彼女の場合は病気があった。
身体が弱かった彼女に無理はさせられない。
しかし病気が治り、元気になったことで中止していた催しも再開されたそうだ。
半年ほど前から今日までは、病み上がりの身体を慣らすための準備期間で、最近になって本格的に忙しくなった。
「本当はもっとお手伝いしたいのですが……また忙しくなってしまいそうです」
「十分に助かっています。イリーナちゃんのお陰で随分研究も進みましたから」
「本当ですか? そう言ってもらえると嬉しいです」
私のほうこそ、彼女に支えられた部分は大きい。
孤独に仕事をするより、誰かと一緒に働くほうが楽しいのだと教えてもらった。
彼女は恩返しだと言うけど、もう十分に返してもらったよ。
「まぁ安心してくださいよ! これからはオレも手伝うんで、姫様の分までしっかりサポートしますから」
「うん! フサ君はとっても頼りになるって知ってるわ!」
「あっはははは~ そこまでハッキリ言われると照れちゃいますね」
二人の掛け合いは聞いていて和む。
願わくば、もう少しゆっくり見ていたいと思った。






