39.自分の目で確かめろ
執務室で話す二人。
ユレンとガーデン公爵。
「報告は以上です」
「わかった。引き続きそちらの領地については任せる」
「はい」
定期報告を終えて、会話に区切りが出来る。
数秒の間が生まれ、公爵が話を切り出そうとする。
「殿下」
「そういえば、先ほどは随分と面白い会話をしていたな?」
「――! 聞かれていたのですか?」
「まぁな。言っておくが盗み聞きしていたわけじゃないぞ? 偶々通りかかっただけだ。道を塞がれては進めないだろ?」
にやにやと笑いながら語るユレン。
それを盗み聞きと言うのだ、と言いたげな公爵はため息をこぼす。
「アリアはどうだった?」
「……そうですね。意気込みは本物だったと認めましょう」
「それだけか?」
「……殿下の信頼も感じました。以前の発言を撤回するつもりはありませんが、結論を出すのは早計だったと反省しています」
ユレンは公爵らしい返事だと思いホッとする。
しかし、話をここで終わらせるわけにはいかない。
彼は引き出しからナイフを取り出し、テーブルの上に置く。
「このナイフに見覚えはあるだろう?」
「……はい」
公爵も嘘はつかない。
最初からこの件について自白するつもりだった。
先にユレンから話を出されてしまったことで、言い出すタイミングを失っただけ。
仮に話を持ち出されなくても、気づかれていなくとも、自分から話すつもりで覚悟を決めていた。
「今回はやり過ぎたな。一歩間違えば結果も変わっていただろう」
「はい。申し訳ありません」
言い訳はしない。
やり方を間違えたことは事実だ。
公爵も自覚しているからこそ、深く頭を下げた。
「頭を上げろ、ガーデン公」
「はい」
命令通りに頭を上げる公爵。
どんな処罰も受けるつもりでいた彼だったが、ユレンは表情を見て、そのつもりがないことを悟る。
「なぁガーデン公、俺のためと言っていたな? あれは本心だな?」
「はい。殿下の未来のために、私は私が必要と感じたことを愚直に成すのみです」
「そうだな。貴公はそういう男だ。だからこそ信頼している。今回の件も、貴公なりの配慮があったと信じている」
「はい」
信頼。
互いに思惑を知り、尊重し合ってきた二人。
故に、公爵に悪意がないことをユレンは知っている。
そうでなければ最初から、彼に自身の領地を任せることもなかった。
今回の一件も、すぐに兵を動かしていたに違いない。
そうしなかったのは、ユレンも彼のことを信じていたからに他ならない。
「俺は貴公の考えも尊重したい。貴公は俺には出来ない発想をする。貴公の意見は、俺が本当の意味で王子となるために必要だ」
「滅相もございません。私の考えなど、殿下に比べれば軽いものばかりです」
「そんなことはない。だが、今言いたいことはそれじゃなくて、自分の意見だけが全てではないということだよ」
ユレンは語りながら背を向け、徐に窓の外を見る。
彼の執務室からは小さく、アリアのアトリエが見えていた。
「俺は自身のためにも、自分には出来ない発想をする者たちと関わりたい。そういった者たちを傍に置きたい。アリアも同じだ。彼女は俺にない物を持っている」
「それは一体何でしょう?」
「さてな? それを知りたければ関わることだ。貴公も彼女を見定めるつもりなのだろう?」
「……はい。そうさせていただきます」
自分の目で確かめろ。
ユレンは公爵にそう伝え、公爵も納得した。
誰かに聞くのではなく、自分自身の目で確かめ、理解することが出来たなら。
本当の意味でその人の好さに気づけるはずだ。
ユレンは、アリアは、そうやって絆を深めてきたのだから。
◇◇◇
時計の針が午後七時を告げる。
外はすっかり日も落ちて暗くなった。
六時に終わるつもりが、いつの間にか一時間も過ぎていたらしい。
急いで片づけをしていると、ガラッと扉が開いた。
「相変わらず仕事熱心だな? アリア」
「ユレン君? こんな時間にどうしたの?」
彼が夜に訪ねてきたのは初めてかもしれない。
私は片付けの手を止める。
「一応報告しておこうと思ってな」
「報告?」
「ああ、あの件が片付いたっていう話」
ユレン君に言われてハッとなる。
公爵様と話をしてスッキリしてしまって、ユレン君には何も伝えていなかった。
言われなければ報告に行くことも忘れる所だったよ。
「え、でも片付いたって、話がついたの?」
「まぁな。というか、アリアが全部言ってくれたお陰で、俺は大して言うことなかったけど」
「……え? もしかして聞いてたの?」
ユレン君は頷く。
どうやら廊下での会話を聞かれていたらしい。
「あんな場所で話してたら他にも聞かれるぞ? 幸い、あの時は他に誰もいなかったみたいだけどな」
「そ、そうなんだ……」
聞かれてたんだあれ。
ちょっと待って?
思い返すと私、色々と恥ずかしいことも言っていたような……
「格好良かったよ。ガーデン公を前に堂々としてたな」
「そ、そうだね。あの時は無我夢中だったから」
「それに嬉しかった。ありがとう」
「え、うん」
嬉しかったと彼は笑顔で言った。
それは一体、どの言葉のことを言っているのかな?






