33.隠し通せない
ヒスイさんに相談した翌日。
私は普段通りにアトリエで仕事をしていた。
変にきょどったり、アタフタしないほうが良いと言われたから。
というわけでもなく、視線や悪意が感じられないから、緊張したくても出来なかっただけだ。
一応、あれから周りには注意を向けるようにしているけど。
「誰も見てないんだよねぇ」
「何がですか?」
ふいに零れた独り言を、一緒に作業をしているイリーナちゃんに聞かれてしまった。
私は慌てて誤魔化す。
「あ、なんでもないですよ。そろそろ成果を出さないと駄目だなーって思っただけです」
「そう焦らなくてもよろしいのではありませんか? お姉さまは十分に成果を残されていますよ?」
「まだ一つだけですから」
「そんなことありません。研究の傍ら他の依頼もこなしていますし、お兄さまもよく凄いと褒めていました」
ユレン君はよく大袈裟に私を褒める。
それを私にじゃなくて、他の誰かにも話しているらしい。
最近は、彼が私を褒めている、という話題を聞く機会が多くなった。
イリーナちゃんやヒスイさんがほとんどだけど、きっと他にも話しているに違いない。
普通なら嬉しいと思うし、今だって嬉しい。
ただ……
それがあの出来事に繋がっている気がするんだよなぁ。
ユレン君には申し訳ないけど、彼が私を褒めることを快く思わない人はいると思う。
実際にいることがわかってしまった。
この王宮は、メイクーインとは違って居心地が良い。
それでも人が集まる場所は、必ず合わない人もいるわけで。
みんなで仲良くできることが一番だけど。
「難しいな」
「アリアでもか?」
「それはそうだよ。私だって人――ってユレン君!」
知らぬ間にアトリエへ訪れていたユレン君が隣に立っていた。
何気なく話していた相手が彼だとわかって、思わず大きく後ずさってしまう。
「やぁアリア、そんなに驚かれるとは思わなかったな」
「う、うん、ごめんなさい。急だったから驚いちゃって」
「それは悪かった」
ユレン君が優しく笑う。
彼に気付いたイリーナちゃんが駆け寄る。
「いらっしゃいませお兄さま! お仕事はよろしいのですか?」
「ああ、一通り区切りがついたんだ」
「そうなのですか。お疲れ様ですお兄さま。アトリエには何が御用ですか?」
「いや特にないよ。時間が空いたから様子を見に来ただけだ」
ユレン君とイリーナちゃんが話している傍らで、私は気が気じゃなかった。
キョロキョロと周りを見渡す。
アトリエの中は大丈夫だと思うから、視線は必然的に窓ガラスへ向く。
誰かに見られていないのか。
今も視線は感じないけど、睨まれているような気もして。
大丈夫……だよね?
いきなり攻撃されたりとか……はないか。
ユレン君も一緒だし。
「アリア?」
「え?」
「どうしたんだ? キョロキョロして」
「何か探しものですか? お姉さま」
二人が会話をやめ、私に注目していたことに気付く。
悟られてはいけないと、私はざわついた心を落ち着かせて平静を装う。
「はい。ちょっと探してる素材の資料があって」
「素材? 小麦作りのか?」
「うん。『七ノ葉草』っていう植物なんだけど、特殊な素材だから取りに行きたいなって」
「七ノ葉草……聞いたことないな」
ユレン君が知恵を引き出そうと頭を悩ませる。
適当に言ったわけじゃなく、本当に欲しい素材の話だ。
七ノ葉草は、名前通り七種類の葉っぱをもつ特殊な草で、育つ環境によって葉の種類が変わる。
葉はそれぞれに違った特性を持っているから、錬成の素材として汎用性が高い。
ユレン君は知らないのは、ここ最近になって発見された草だからだと思う。
「どこでも育つけど、成長から枯れるまでが早くて中々手に入らないんだ。採取した後の処理も重要で、間違えると保存も出来ないの」
「へぇ~ そういう系の草か。じゃあ軽く取ってきてもらう依頼も出せないな」
「うん、難しいんじゃないかな? だから私が取りに行きたいと思ってる」
「今すぐか?」
私は首を横に振る。
取りに行きたい気持ちはあるし、本当は直近で行くことも考えていた。
でも最近になってそれが難しくなった。
「また今度にするよ。今は手持ちにある素材だけでやれないか試してる途中だから」
「そうか。必要になったら言えよ? なんなら俺も付いていく」
「う、うん。ありがとう」
普段なら嬉しいことなのに、今は素直に喜べない。
ユレン君が悪いわけじゃないのに……と、申し訳ない気持ちが生まれる。
早く解決してほしい。
そうじゃないと、ユレン君と話すことすら集中できないから。
「そうだ聞いてくださいお姉さま! またお姉さまが魔女だって噂が広まっているんですよ! あの小屋で危険な薬を作ってるーとか、ありえないことばっかり!」
「あはははっ、それ私の耳にも届いてます」
別のことで忙しくて、そっちを気にする余裕はなかったけどね。
私が魔女だという噂は、王宮内でよく耳にするようになった。
陰口ってほどじゃないけど、すれ違う時に視線を感じたりする程度だから、そこまで気にはしていない。
「皆さん私と面識がありませんし、知らないから不気味に思うだけだと思いますよ」
「そうだとしてもです! 魔女と言い換えるなんて失礼ですよ」
プンプン怒るイリーナちゃん。
私のことで怒ってくれる彼女は優しい。
と、ここで、何かしら反応してくれるユレン君が無言なことに気付く。
私が視線を向けると。
「なぁアリア」
「なに?」
「最近、変わったことなかったか?」
「え――」
それは不意打ちだった。






