32.ガーデン公爵
メイクーイン王国で起こった大事件。
第二王子の失脚と、彼に手を貸した錬成師の処罰。
公にはされていない情報も、隣国にも一部が伝わっていた。
特に王族や、それに準ずる地位の者たちにとっては、他人事ではないからだ。
隣国での騒ぎがあった数日後。
セリレム王城に豪華な馬車が入る。
茨をモチーフにした紋章は、由緒正しき貴族の家柄を示す。
馬車から降りてきたのは、灰色の髪と髭を生やした厳格そうな男性だった。
使用人が頭を下げる。
「ようこそお越しいただきました。ガーデン公爵様」
「うん、案内を頼む」
「かしこまりました」
彼はガーデン公爵。
齢は国王陛下と同じで、王族に準ずる発言権を持った五大貴族の一人である。
彼は定期的に城を訪れ、領地のことや政策について報告を行っていた。
王宮を歩く公爵と使用人。
ふと、彼の視線の先に見知らぬ女性がかけていく姿が映った。
「あの娘は誰だ? 見かけない顔だが」
「アリア様でしょうか? あの方は最近宮廷錬成師になられたお方です」
「ほう、錬成師か。採用試験はまだ先だったはずだが、誰かが推挙したのか?」
「はい。ユレン殿下が推挙されたと」
ユレンの名前にピクリと反応する。
公爵は木々に隠れて消えていくアリアを厳しい目で見つめる。
「推挙されたということは、どこか貴族の家の者だろう? どこの出だ?」
「いやそれが、詳しい素性に関しては明かされておりません」
「何? どういうことだ?」
「い、いえ、私にもわかりかねます」
威圧感を発するガーデン公爵に、使用人は怯え気味だった。
彼は再び視線をアリアに向けようとするが、すでに姿はなくなっている。
「……推挙したのは本当にユレン殿下なのだな?」
「はい。間違いございません」
「そうか」
公爵は顎に手を当て数秒で考えをまとめる。
「すまないが行先を変更だ」
「どちらに?」
「決まっているだろう。殿下のところだ」
直接行って、事情を聞こうという結論に至った。
使用人に案内され、ユレンが働く執務室に足を運ぶ。
三回ノックをすると、中からユレンが答える。
「入れ」
「失礼いたします」
ユレンは声で誰が来たのか気付いた。
執務の手を止め、入室してきた公爵に注目する。
「ガーデン公爵か」
「はい。お久しぶりです、殿下」
公爵は胸に手を当て、貴族らしくキリっとした立ち振る舞いを見せる。
「今日はどうしたんだ? 会合の予定はなかったと思うが」
「はい。殿下に確認したいことがあり、不敬ながら足を運ばせていただきました」
「何だ?」
「アリアという名前の錬成師についてです」
ユレンは一瞬、ピクリと眉を動かす。
しかし表情は変化せず、平静を装って聞き返す。
「彼女がどうかしたか?」
「殿下が推挙した、というお話ですが」
「事実だぞ? 彼女を推薦したのは俺だ。優れた人材であることは、父上も認めているぞ?」
「……ではなぜ、素性を隠されているのです?」
公爵は核心をつく質問を口にした。
変な駆け引きはなく、直球で聞きたいことを尋ねる。
公爵のユレンに対する絶大な信頼があってこそ。
対するユレンも同様に、公爵のことは信頼していた。
「ガーデン公には話してもいいか」
ユレンは他国で起こった事情と、彼女が巻き込まれた被害者であることを語った。
原因となる毒薬を作ってしまった部分は伏せて。
事の顛末から、彼女との出会いも大まかに話し終わる。
「ではあの娘は、メイクーイン王国の錬成師だと?」
「ああ、元な。不当な理由で解雇させたられたが、実力は確かだぞ? 現に国難の一つを解消した実績を持つ」
「それは素晴らしいことですが、素性がよろしくない。時期も悪い」
公爵は険しい表情で語る。
「メイクーイン王国での一件は各地に伝わっております。噂の範疇ではありますが、国民にも一部知られている。そんな中で、もし渦中の王国から錬成師を連れてきたと知れたら……」
国民は混乱するだろう。
そして誤解するかもしれない。
「話を伺う限り、あの娘とは個人的な交流もあるとか? 事実なのですね?」
「ああ、彼女とは昔からの友人だよ」
「……お言葉ですが、その交友関係は今後控えたほうがよろしいかと」
「なぜだ?」
ユレンは理由を悟りながら、あえて公爵に質問する。
公爵は苛立ちながら答える。
「殿下ならおわかりでしょう? 素性が不確かな者と関われば、万が一の際に殿下の信用に影響しかねません。それに殿下が目をつけたとあれば、女が増長します」
「どういう意味だ?」
「爵位が欲しい、金がほしい。調子に乗り出したらどうするのです?」
「それはないな。アリアは金や地位には拘らない。彼女のやりたいことに……そんなものは必要ないからな」
「殿下……」
公爵は唇を噛みしめる。
「どのような思想を持とうと、あの娘に問題があるのは事実です。王宮で働くことに否を唱えはしませんが、殿下は立場をお考えになるべきだ」
「深く考えすぎだよガーデン公。心配しなくても、貴殿が思っているようなことにはならない」
「……だと良いのですが」
アリアの心を知るユレンと、肩書きや事情しか知らない公爵。
互いの主張は平行線。
なまじ信頼し合っているからこそ、深く考えてしまう。






