29.再スタート
悩みは吹っ切れた。
とはいかなかったけど、前を向く理由を得られた。
私に出来ることは限られている。
その限られた中で、精一杯に生きていくしかないんだと。
諦めるのではなくて、切り替えることが出来た気がするよ。
「ユレン君」
「ん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
本当にありがとう。
感謝の気持ちを伝えた直後に、曇天の空から光が差し込む。
微かに見える青空が、少しずつ開けて見える。
長く続いた曇り空。
雨を降らせないように堪えていたのだろう。
ようやく晴れ間が顔を出す。
差し込んだ光が私たちを照らし、続けて王都の街を照らした。
「綺麗だね」
「そうだな。だからもっと綺麗にしたい。この街を、国を磨き上げたいと思う。王子としてな。それが俺のやりたいこと。アリアも、君がやりたいことをやれば良い」
「だったら、私は錬成師としてその手伝いをするよ」
「そうか。なら期待してるよ」
私たちは約束する。
次に二人でこの場所を訪れる時は、もっと前へ進んでいよう。
今の自分より成長した自分になろう。
◇◇◇
丘を下り、森を歩く。
足取りは帰りのほうが軽やかだ。
「少しは息抜きになっただろ?」
「うん。お陰様で明日からまた頑張れそうだよ」
「それは良かった。みんな心配してたんだからな? イリーナも、お姉さまの元気がない!って悲しい顔してたぞ?」
「ぅ……ごめんなさい。気を付けてたんだけど」
周りに心配させたくないから、普段通りにしていたつもりだ。
ただ今回は自分でもハッキリわかるくらい、仕事に集中できていなかったからなぁ。
イリーナちゃん以外にも心配をかけたのだろう。
ちゃんと帰ったら謝らないと。
「次からは気をつけます」
「ああ。でも気を付け方を間違えるなよ? アリアはなんというか、一人で悶々と悩んで抱え込みそうだからな。悩んだら相談すればいい。俺で良ければいつでも相手になるから」
「ありがとう。ユレン君は優しいね」
「……俺だって、誰にでも優しいわけじゃないぞ」
彼はぼそりと呟いた。
小さな声だったけど、隣で話しているから内容はちゃんと聞こえた。
でも、言葉の意味を考えた途端、私は恥ずかしくなって何も返事が出来なかった。
誰にでも優しいわけじゃない。
それって……そういうことなのかな?
違うのかな?
聞いたら答えてくれるのか。
気になったけど、私はしばらく黙ったまま隣を歩く。
チラッと見えたユレン君の頬は、ほんのり赤くなっているように見えた。
◇◇◇
「ご心配をおかけしました!」
翌日。
ラウラ室長の研究室に集まって、みんなに頭を下げた。
部屋にはユレン君、ヒスイさん、イリーナちゃんもいる。
私が謝ると、最初にラウラさんが軽い笑顔で答える。
「別に謝ることじゃないよ。誰だって悩んで調子が悪いときはあるしね? 仕事はちゃんとしてくれてたし、元気になったなら良し!」
「私もお姉さまが元気になったらなら嬉しいです!」
「辛くなったらいつでも言えば良い。その時はうちのユレンを貸し出すから」
「おいヒスイ、俺を物みたいに言うなよ」
むくれるユレン君に、ヒスイさんはいたずらな笑顔で言う。
「とか言って、アリアが辛そうなら真っ先に駆けつける癖に」
「それはまぁ、そうだよ。昔から知ってる大切な友人だからな」
「本当にそれだけかぁ?」
「うるさいな! そろそろ仕事に戻るぞ」
ユレン君も忙しいみたいだ。
今も時間を作って研究室に足を運んでくれている。
彼は部屋の扉に触れ、半分くらいまで開けたところで振り返る。
「アリア」
そして私の名前を呼んだ。
私と視線を合わせると、彼は温かな声色で言う。
「また顔を出す。頑張れ」
「うん」
そう言って彼は去っていった。
頑張れ。
たった一言が、私に勇気をくれる。
頑張ろうと思える。
「私たちも行きましょうか」
「はい! お姉さまのアトリエに!」
研究室を出て、王宮の廊下を歩く。
向かう先は私のアトリエ。
この国で私がやるべきことが、全部詰まっている場所。
私は扉の前で立ち止まり、ゆっくりと扉に触れながら思う。
昨日の自分と、それ以前の自分。
今の私は、あの頃よりも前に進めているかな?
進めていないなら、今日こそ一歩を踏み出そう。
「頑張るよ」
そう呟き、扉を開ける。
やりたいことをやれば良い。
あの丘で、彼が言ってくれたことを思い出す。
私はユレン君の支えになりたい。
彼が私を支えてくれたように、今度は彼のことを支えたい。
そのための……今日からが、私にとって新しい一日。
錬成師アリアの再スタートだと思うことに決めた。
この先何があっても後悔が残らないように。
毎日を全力で生きてみよう。
なに、辛い出来事があってもきっと大丈夫だ。
昔とは違って、今の私にはユレン君たちがいてくれるから。
前を向いて、進んでいこう。
次に立ち止まった振り返った時、後ろに続く道が綺麗でありますように。






