2.優しい理由
「……宮廷付きにはなれたんだろ?」
「うん。でももう辞めさせられちゃった。何もしない奴なんて宮廷にはいらないっ、て言われて……」
最初は言うつもりなんてなかったのに、気づけば打ち明けていた。
心配をかけたくない気持ちより、言って楽になりたいという気持ちのほうが勝ってしまったようだ。
それにもう、私には何もない。
失う物も、目標も。
何もかもなくして、空っぽになって。
残ったのは喪失感と愚痴だけだ。
「は? アリアが……辞めさせられた? 何かの冗談じゃないよな?」
「こんな冗談言わないよ」
冗談だったならどれだけ良かったか。
事実だからこそ笑えない。
それはユレン君にも伝わったのだろう。
「どうして?」
「えっと、ほら、前に話したでしょ? 私の妹のこととか」
「ああ……」
これだけでユレン君は察してくれた。
家のこと、妹のことは以前に話したことがある。
もちろん全てじゃないし、自分の妹のことだから変に悪くは言えなかったけど。
それでも隠しようがないくらい、彼女はずる賢かったから。
「宮廷付きになれば……少しは変わると思ってたんだ。でも、変わらなかった。私も、周りの人たちも、何も……」
「アリア……」
実力が足りなかったとか、成果が出なかったとか。
そんな理由なら納得も出来たのだろうか。
実力がつくまで努力はした。
ちゃんと成果も残していたのに、その全ては何もしていない妹の物にすり替わった。
今から思えば、私が宮廷付きになれたのも、同じ一族の錬成師だからという理由なのだろう。
せっかく取り立てたのに成果を残さなかったから、不必要だと切り捨てられたんだ。
「頑張ったのに、どうして上手くいかないんだろ」
打ちのめされて、心の底から出た本音。
口にした後で、私は誤魔化す様に無理な笑顔を作る。
「ごめんね。久しぶりに会えたのに、暗い話ばっかりしちゃって」
良くない話をしてしまったと反省する。
顔を逸らす私だったけど、ユレン君はその隣に腰を下ろす。
「好きなだけ愚痴っていけば良い。ここには俺たちしかいない。他に誰も聞いていないんだから、言いたいことを言えば良いよ。俺がちゃんと聞いてやるから」
「ユレン君……」
そう言われて、私は不意に力が抜けてしゃがみ込んだ。
「ありがとう」
散々な目にあって、盛大に打ちのめされていた直後だったからか。
彼からかけられた温かい言葉は、私の心に強く確かに響いた。
自分は一人で、他に誰も味方はいないとさえ思っていた私にとって、寄り添おうとしてくれる彼の存在は、心の底から有難かった。
ほんの少しだけど、ボロボロになっていた私の心が癒された気がするよ。
「あ、えっと、ユレン君がここにいるってことは錬成の素材集めだよね?」
「ん? ああ……」
この森は錬成に使える貴重な素材が多く取れる。
そんな場所にいるということは、彼はまだ錬成師として修行している最中なのだろう。
錬成師を目指している人の前で、錬成師を辞めるなんて発言をしてしまった。
今さら激しく後悔して、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ご、ごめんね! 私もう行くから」
「アリア」
情けなく逃げ出そうとした私の手を、ユレン君はがしっと掴んだ。
「ユレン君?」
「なぁ、もう少しだけ話をしないか?」
「え?」
「話したいことがあるんだ」
◇◇◇
ユレン君に連れられて、私は森のお家へと足を運んだ。
見慣れた森の中も、一年だと新鮮に感じる。
むしろ不気味で怖いくらいだ。
「アリアには話したことなかったよな? 俺がどうして、錬成師を目指していたのかを」
「え、うん……」
道中、いきなりユレン君がそんな話を始めた。
私が錬成師になりたい理由は散々話したけど、反対に彼の理由は知らない。
興味があって一度尋ねた時ははぐらかされてしまった。
それ以来、何となく聞かないほうが良いような気がして、無意識で避けていた話題だ。
「それを今から話すよ。この場所で」
到着したのは、古びたボロボロの屋敷だった。
何十年以上経っているのだろう。
壁にはコケが生えて、窓ガラスはバリバリに割れている。
屋根も一部が崩れ落ちて、穴の開いた部分は木の枝とツルが覆っていた。
森には何度も来ていたけど、こんな屋敷があるなんて知らなかった。
「ここは三十年くらい前、とある小さな貴族の別荘だったんだ。今じゃその貴族の家はなくなって、この屋敷も放置されたままになってる」
「そう、なんだ」
「ああ、中に入ろう」
「うん」
多少の不安は感じつつ、私は彼の後に続いて屋敷の中に入った。
屋敷の中は意外と整理されていた。
ボロボロであることは変わらないけど、最低限の手入れがされている。
あきらかに人の手で修復されている箇所もあって、こんな場所の屋敷を誰が直したのか疑問に思った。
だけど、そんな疑問はすぐに解消された。
「これ、錬成台?」
「そう。なくなった貴族の家も、君と同じ錬成師の家系だったんだ」
錬成台。
文字通り、錬成術に使用する特別な石の台座だ。
地面に設置された私のお腹くらいまである高さで、中央には錬成陣が刻まれている。
よく周りを見渡すと、錬成術について記された古い書物がずらっと本棚に並んでいた。
チラホラと鉱物や素材もあるみたいだ。
「もしかしてユレン君、ここで錬成術の勉強をしていたの?」
「ああ、つい最近……半年くらい前までな」
「半年? その後は使ってないの?」
「使ってない。使う理由が、なくなったからな」
え?
それってまさか……ユレン君も同じように?
声にならない不安は、表情として表れていたらしい。
私の顔を見たユレン君は、首を横に振ってから答える。
「アリアが想像しているような理由じゃないよ。むしろ俺の場合は良い理由だ」
「そうなの?」
「ああ。最初の話に戻ろうか? 俺が錬成師を目指す様になった理由は、妹のためなんだ」
「妹? ユレン君って妹がいたの?」
それは初耳だった。
私が驚いて尋ねると、彼はこくりと頷いて続ける。
「俺より五つ離れた妹がいる。イリーナって言うんだけど、生まれつき身体が弱くてさ? よくいろんな病気にかかったり、体調を崩していたんだ」
そう語るユレン君は、昔を思い出して懐かしんでいるようだった。
少しだけ悲しそうではあるけど、どこか吹き抜ける風の様に爽やかで、嫌なことを話している感じではない。
「イリーナはただの風邪でも治りが遅くてさ? うちで作ったポーションを飲んでも効き目が悪くて。だから俺が、イリーナ専用のポーションを作ってやろうと思ったのが始まり」
「そうなんだ」
とても優しい理由だ。
私みたいに、自分を認めてほしいとかじゃない。
家族のために、妹が苦しまなくていい様に、彼は錬成師を目指していた。
何だか自分の理由が恥ずかしく思える。
それくらい優しくて、彼らしい理由だと思う。