24.贖罪
身体が震える。
端から見てわかるくらいに、自分では止められない程に。
「アリア?」
ユレン君が心配そうに私を見つめる。
心配をかけたくないのに、止めたくても止められない。
怖い。
怖くて仕方がない。
何が怖いのかすらもわからない。
確かな恐怖が全身を襲い、言葉も発せなくなる。
「……どうやら話はここまでのようですね」
ラウルス殿下の声を聞いて、びくりと身体が大きく反応する。
大袈裟に揺れたお陰で、身体の揺れが少しだけ治まった。
ラウルス殿下は立ち上がって私に言う。
「三日後にまた来ます。その時に、依頼を受けて頂けるなら、品を用意しておいてください」
「は、は……」
はい、とは言い切れない。
もはや断れもしない。
返事は聞かず、ラウルス殿下は立ち去ろうとする。
「ではこれで」
「その前に一つ、確認させていただけませんか?」
呼び止めたのはユレン君だった。
ラウルス殿下が振り返る。
「何でしょう?」
「本日昼頃、私と彼女が外出中に襲撃を受けました」
「ほう? それは災難でしたね、お怪我は……なかったようで何よりです」
「ええ、狙われていたのは私ではなく彼女でしたから」
ユレン君はラウルス殿下をギロっと睨む。
対するラウルス殿下は何食わぬ表情のまま聞き返す。
「へぇ、それがどうかしましたか?」
「襲撃者の所持品に、そちらの王家の紋章が描かれた物がありました」
「なんと! それは驚きですね」
「……心当たりはありませんか?」
空気がピリつく。
同席しているヒスイさんとラウラさんも、殿下を疑いの目で見ているのがわかった。
「残念ですが心当たりはありません。しかし王家の者が関わっているなら捨て置けない。私も調べておくことにしましょう」
「……わかりました。よろしくお願いします」
「ええ。ではまた」
そうしてラウルス殿下は部屋を出て行く。
嵐のように突然現れて、私の周りをめちゃくちゃにかき回して。
少しずつ癒されていた心に、大穴がぽっかりと開けられた気分だ。
◇◇◇
「間違いないでしょ? あいつがアリアを襲うように依頼した張本人よ」
「その判断は軽率ですよ室長。何の証拠もない」
「そう? むしろあいつ以外にいると思う?」
「それはまぁ、そうだけど」
話を終えて、私たちは最初の部屋に戻ってきていた。
ラウラさんとヒスイさんが話す横で、私は黙ったまま座っている。
私の隣に座っているユレン君が声をかけてくる。
「大丈夫か?」
「……うん」
そうは見えない、と言いたげな表情だった。
大丈夫じゃない。
一気に色々ありすぎて、頭の整理が追いついていないんだ。
「ヒスイ、ラウラ室長、悪いけどしばらく席を外してもらえるか?」
「了解だ」
「そのほうが良さそうね」
ユレン君の一言で、二人は部屋を出て行ってしまう。
理由がわからない私は、ユレン君に視線を向ける。
沈黙を挟む。
「ユレン君?」
「この城へ来る途中、同じ王子なのに全然違うって話をしてたよな?」
「え、うん……」
「あいつと何かあったのか?」
私は咄嗟に息を飲む。
ユレン君は真剣な眼差しを向けている。
軽い気持ちで聞いているわけじゃないことは、声のトーンからも明らかだった。
「それは……」
話すべきなのだろう。
最初は私だけの問題だった。
だけど、今の私はセイレム王国の宮廷錬成師だ。
私の事情に、この国やユレン君たちを巻き込んでしまうかもしれない。
いや、もう巻き込んでしまった。
隠しておくのは良くない。
わかっているのに、言葉を詰まらせる。
怖いんだ。
真実を話して、責められることが。
嫌われてしまうことが……
そんな風に怯える私の手を握る。
「心配するな。何があったとしても、俺はアリアの味方だから」
「ユレン君……」
「だから話してくれ。力になりたいから」
「……うん」
ユレン君には話そう。
そう思えたから、私は全てを彼に伝えた。
包み隠さず、当時の気持ちも含めて。
彼は最初から最後まで真剣に、口を挟まず聞いてくれた。
そうして最後まで話し終えると……
「最初に言うけど、君は何も悪くない。悪いのはあいつだ」
彼は優しいから、そう言ってくれそうな気はしていた。
実際に言ってくれると改めて彼の優しさを感じる。
「あいつは君の立場を利用したんだ。仮に同じ立場なら誰だって断れない。それでも君は最後に断ったんだろう? だったら君は何も悪くない」
「そう……かもだけど……私が作った物で人が……」
「そこが気になってた」
「え?」
ユレン君は頭を悩ませていた。
私の話を聞いて、どうにも腑に落ちない点があったという。
「一応確認だけど、あいつは錬成術が使えるのか?」
「ラウルス殿下? 使えないはずだよ」
「なら、その毒っていうのは作った状態で保管していて、それが盗まれたのか?」
「ううん、理論だけ整えて実際に作ってはいないよ。だから資料だけ……」
あれ?
そうか、そう考えるとラウルス殿下はどうやって毒を手に入れたんだろう?
錬成術が使えない彼には作れないのに。
「他に協力者がいるんだよ。君と同じ錬成師が、彼に加担してる。君の資料を基に毒を作ったのもそいつだ」
「え、い、一体誰が?」
「さぁね。アリアに見当がつかないなら俺にはわからない。でもこれで、君が作ったわけじゃないのは確かだよ。その協力者が特定できれば、君が罪に問われることはない」
「そ、そうだけど……」
どうやって?
私には見当もつかない。
宮廷で働く他の錬成師だろうか?
だとしたら、それが毒だとわかった上で協力したことになる。
そんな人が本当にいるのだろうか。
「この際、それが誰かはどうでもいい。何とかしてあいつの悪事をバラせれば……自白剤とか作れないか?」
「え、つ、作れるけど」
「だったらそれで真実をあいつの口から話させよう。出来れば俺たちじゃなく、あっちの国王の前で。放っておくとあいつはさらに罪を増やすぞ」
「で、でもそんなこと」
不可能だと思った。
彼の言っていることは希望論だ。
「それでもやるんだよ。じゃないと君は罪に問われて処理される。仮に戻ったとしても殺されるぞ? あの暗殺者が良い証拠だ。真実を知る君は、あいつにとって邪魔になる。必要なものだけ用意させて消すつもりなんだ」
「そんな……」
ラウルス殿下ならやるだろう。
そういう人だ。
「アリア、君はこんなところで終わって良い人じゃない」
「で、でも……」
私の罪は変わらない。
どんな理由であれ、人を傷つけるきっかけを私は作った。
作ってしまった。
優しい言葉をかけられても、この罪悪感だけは一生拭えないと思う。
「もし罪に感じているなら、尚更あいつを止めるべきだ。これ以上、新しい犠牲を出さないために。それが贖罪になる」
「贖罪……ラウルス殿下を」
止める。
ユレン君の言う通り、放っておけばもっとひどいことが起こる。
私に依頼した毒だって、一体誰に使うのかわからない。
涼しい顔をして腹の中は真っ黒、それがラウルス殿下だ。
放っておくことは……出来ない。
してはいけない。
彼の本性を知っているからこそ、私が止めるべきなんだ。
「わかった。私……やってみるよ」
「ああ、俺も手伝う」
「ありがとう、ユレン君」
お陰で決心がついた。
これからもこの王宮で働くために。
私は今から、過去の因縁と決着をつける。






