19.実験開始!
午前七時。
目覚める時間になると、自然に意識が覚醒する。
この時間に起きようと思ったら、勝手に頭が切り替わる。
働き出してから身に着けた技術だけど、お陰で今まで遅刻はしたことがない。
朝、アトリエに向う途中これをユレン君に言ったら……
「真面目過ぎないか?」
「え? そうかな?」
「間違いなくそうだよ。仕事で起きる時間が身体に染みついてるんだろ?」
「ユレン君だって早起きだよね?」
私が廊下を歩いていると、よく声をかけてくれる。
同じ時間くらいに起きていないと無理だよね?
「俺は普段はそこまでだよ。今は早起きする目的があるから出来てるだけで」
「そうなの? そんなに仕事が忙しいとか?」
「いや、仕事じゃなくて……何でもない」
ユレン君は途中まで言いかけて黙ってしまった。
なぜだか恥ずかしそうで、耳が少し赤い。
私は首を傾げる。
「俺は良いんだよ。アリアはちゃんと休んでるだろうな?」
「もちろん。毎日決まった時間に終わってるから」
「それなら良いんだが……ところでイリーナはどうだ? 邪魔になってないか?」
「邪魔なんてとんでもない! すっごく助かってるよ」
あの日以来、毎日姫様が手伝いにきてくれる。
しかも想像以上に飲み込みが早くて驚いた。
錬成術の基礎知識は持っていたけど、後から教えたこともちゃんと復習してくるし。
錬成台を動かす才能さえあれば将来有望だったはずだ。
その点は勿体ないと思うほど。
「そうか。邪魔になってないなら良い。そろそろ良い報告が出来そうって聞いたけど?」
「うん。試作品がいくつか完成したし、今日から次の実験に移るんだ」
「なるほどな。その話、今度また聞かせてくれ」
「うん」
そんな約束を交わし、私はアトリエへ、ユレン君は王子としての仕事へ向かった。
◇◇◇
錬成台に前に並ぶ私と姫様。
互いに顔を合わせ、意気込みを口にする。
「アリアお姉さま! 今日もお手伝い頑張ります!」
「はい。よろしくお願いします」
「駄目ですよお姉さま」
「え?」
姫様はちょっぴり呆れ顔で続ける。
「ここでの私はお姉さまのお手伝い、いわば助手です! 助手に敬語は不要です」
「い、いえさすがにそれは……」
相手はお姫様だし。
昔から知っているユレン君とは違って、数日前に出会ったばかりだから気が引ける。
と思って流していたんだけど……
「ならせめてイリーナとお呼びください!」
「イリーナ様?」
「様は必要ありません!」
「うっ……」
結構押しが強い。
最初はお淑やかで元気な感じだったのに、慣れてくるとパワフルさが増していった。
もちろん嫌な感じではないが。
「あの、姫様」
「イリーナですよ!」
「……イリーナちゃん」
なんだか異様に恥ずかしい。
顔を隠したいくらい熱くなってきた。
「イリーナちゃん……ですか」
「こ、これが限界なので」
「いえ、十分です」
姫様はニコリと嬉しそうにほほ笑む。
毎回思うけど、本当にこの笑顔は反則だ。
「敬語も必要ありませんからね?」
「そ、それはもっと慣れてからでお願いします」
この押しの強さは陛下に似たのだろうか?
それともお母さん?
そういえば王妃様にはお会いしたことがないけど、今は外に出ているのかな?
機会があったら聞いてみよう。
「じゃあイリーナちゃん、準備を始めましょう」
「はい!」
今日からは普段の錬成とは違う。
というより、今日は錬成をしない。
すでに出来上がった試作品種は用意できている。
私たちは準備を済ませ、室長のいる部屋に向った。
トントントン――
「失礼します」
「はい、いらっしゃい。イリーナ姫も一緒なんだね?」
「こんにちは、ラウラさん」
「はいこんにちは。用件は昨日聞いたことでいいのよね?」
私とイリーナちゃんは同時に頷く。
「準備出来てるよ。話も通してあるから勝手に出入りして問題なし。はいこれ鍵ね」
「ありがとうございます」
「良いの良いの。あとで私も様子を見に行ってもいいかしら?」
「もちろんです」
会話のやりとりを済ませて、私たちは目的の場所へ向かうことにした。
王宮を出て西に進むと、透明なガラスで作られた建物がある。
中は菜園が広がっていて、錬成師が管理する施設の一つだ。
ここなら環境を細かく調整して、錬成した小麦を栽培することが出来る。
「順番に植えていきましょう。環境を変えたいので、一定距離を離して」
「はい。じゃあ私はあっちからやりますね」
「お願いします」
本当は汚れる仕事だし、姫様には見学していてほしいけど。
ここ数日でよくわかった。
姫様は一度やると決めたらつき通す、ちょっぴり頑固な性格らしい。
「そこはユレン君と似てるのかな?」
彼も少し頑固というか、負けず嫌いなところがある。
兄妹なんだなとしみじみ感じながら、作った小麦の種を植えていく。
それぞれの環境に合わせた種だ。
実際に栽培もその環境に出来る限り合わせる。
一部は土の状態も変えておこう。
それからもう一つ。
「お姉さま! こちら成長促進剤です」
「ありがとうございます」
普通に栽培していたら何か月もかかる。
さすがに待っていられないので、秘密兵器を用意した。
特別な配合で錬成した成長促進剤だ。
これを使えばあっという間に植物が成長する。
小麦なら一週間くらいで栽培できる大きさになるはずだ。
画期的な発明だけど致命的な欠点として、急成長に耐えかねて育ってすぐに枯れてしまうという点がある。
あくまで実験のための道具に過ぎない。
「これでよし!」
「あとは待つだけですね」
期待一割くらいの感覚で待つとしよう。






