18.もしも生まれが違ったなら
「お手伝い、ですか? 姫様が?」
「はい! 錬成術のことはお兄さまから教えてもらっています。お邪魔になるというのなら忘れて頂ければ……」
また姫様はショボンとする。
悲しそうな表情はとてもずるい。
「ち、違いますよ? 邪魔とかではなくて、手伝って頂けるのは嬉しいです」
「本当ですか?」
「はい。ですが、姫様はその……」
お姫様、この国の王女様だ。
高貴な方とお話しするだけでも恐れ多いのに、自分の仕事を手伝わせるなんて。
陛下や他の偉い人たちにバレたらどうなるのか。
考えただけで恐ろしい。
「や、やっぱり姫様に私のお仕事を手伝わせるわけには」
「私は気にしません! お兄さまとお父様のお許しも貰っています」
「え? そうなのですか?」
「はい!」
彼女はハッキリと答えた。
嘘をついている感じには……見えない。
事実だとしていつの間に?
じゃあ最初から見学だけじゃなくて、手伝いたいと思っていたということ?
よくわからないけど、彼女が真剣なことは感じだ。
だからこそ気になった。
「姫様はどうして私の手伝いをしたいと思ってくれたのですか?」
「それは……アリアお姉さまが私たちの恩人だからです」
「恩人? それはポーションの?」
姫さまはこくりと頷く。
彼女は先天性マナ循環障害という重い病を患っていた。
治療法が発見されておらず、発症すれば緩やかに身体が弱っていく恐ろしい病気だ。
でも、その治療に効果があるポーションが開発された。
私の手によって。
お陰で多くの人が助かったとユレン君が話してくれた。
その助けられた中に、ユレン君の妹であるイリーナ姫も含まれている。
「それだけじゃありません」
「え?」
「アリアお姉さまは、お兄さまのことも助けてくれました」
「私がユレン君を?」
助けた?
そんな記憶はないし、むしろ助けられたのは私のほう。
彼の存在がどれほど心の支えになったか。
今から考えても計り知れない。
「お兄さま、ずっと一人で頑張っていました。私の病気を治すために、お国の皆さんを助けるために……毎日毎日辛そうだったんです」
「ユレン君が……」
そうだったのか、と思うしかない。
彼女が言っているのはたぶん、私と森で会っていた頃の話だろう。
あの頃のことはよく覚えている。
ユレン君はいつも楽しそうに見えた。
もし、それが無理をして見せていた笑顔だとしたら……へこんでしまうな。
「でも、お姉さまがポーションを作ってくれました! 私が元気になって、皆さんも元気になって! そしたらお兄さま、嬉しそうに笑ってくれたんです!」
ユレン君のことを話す姫様は、口から出た言葉と同じように、嬉しそうに笑う。
彼がどれだけ慕われているのか、この表情を見ればよくわかるだろう。
本当に大好きなんだ。
「お兄さまの笑顔を取り戻してくれたのはお姉さまなんです。私の身体だって……だから! 私も恩返しがしたいんです!」
「姫様……」
「元気になった今の私なら何だって出来ます! やりたいことはたくさんあります。だけど一番最初にやりたいのは、お姉さまのお手伝いなんです」
そんな風に思ってくれていたのか。
私は彼女の真摯な思いを聞いて、思わず泣き出しそうになった。
助けられて良かったと。
ユレン君の、姫様の笑顔を守れたことを誇りに思う。
「わかりました。それじゃ、お手伝いをお願いできますか?」
「はい! 何をすればいいですか?」
「じゃあ素材をすりつぶしたいので、道具の準備を一緒にやりましょう」
「はい!」
彼女の小さな手を借りて、一緒に錬成した素材を調査する。
教えながら、声をかけあいながら。
楽しい時間を過ごす。
そんな時、ふと考えてしまう。
私の妹……セリカのことを。
もしも、生まれた場所が違っていたら……
私たちは仲の良い姉妹になれたのだろうか?
立場も肩書きもなければ、今の私と姫様の様に。
一緒に笑い合える日があったのだろうかと。
◇◇◇
王宮の研究所。
その一室で籠るセリカは焦りを露にしていた。
熱くもないのに額から汗を流し、詰まれた書類を見ては目を逸らす。
逸らそうとも減りはしない。
全て彼女に与えられた依頼だ。
「何なのよこの量は! どうなっているの」
たった二日間でたまるような量ではなかった。
他の錬成師なら何週間もかけて終わらせるような内容が、一気に彼女の元へ集められている。
ひとえに期待。
真の天才である彼女に向けられた期待に、彼女自身の受け皿が耐えられていない。
そこへ一人の男がやってくる。
「おや? 随分と大変そうですね」
「ラウルス殿下!」
ラウルスは研究室に入ると、山積みになっている書類を見て笑う。
「期待されているね?」
「は、はい。私のような非才の身には余る期待で……」
「本当だね」
「え?」
ラウルスの口から冷たい本音が漏れる。
一瞬だけ表情を険しくして、すぐに普段通りに戻ったラウルスがニコリと微笑む。
「何でもないよ。無理をしないように頑張りたまえ」
「はい。ありがとうございます」
そう言ってラウルスは研究室を去っていく。
閉まった扉の向こう側で、彼は不敵な笑みを浮かべる。
「……やはり回収しておくべきかな? 彼女を」
アリアが新天地で頑張っている最中。
良からぬ風がふき始めていた。






