10.天才を失った国
「話は以上だ。今後についてはユレン、ヒスイ、お前たちが手配しておくように」
「はっ!」
「わかりました父上」
ユレン君が先に立ち上がり、視線で下がろうと教えてくれる。
私は涙を拭って立ち上がる。
「ありがとうございました」
改めて大きく頭を下げて感謝の言葉を伝えた。
そのまま振り返り、じゅうたんの上を歩き部屋を出ようとする。
すると、数歩歩いたタイミングで声がかかる。
「あー待ってくれ。大切なことを伝えそびれていた」
陛下の声を聞き、私たちは立ち止まる。
再び陛下のほうへ視線を向けると、なぜか王座から立ち上がっていた。
そして――
「アリア・ローレンス、君には深く感謝しているよ」
陛下は深々と頭を下げ、私に向ってお礼の言葉を口にした。
「ぇ、え?」
私には意味がわからなかった。
一国の王が、私のような部外者に頭を下げるなんて、何かの間違いだとすら思った。
陛下は頭を下げたまま続ける。
「君の作ってくれたポーションのお陰で、私の娘は元気になった」
「あ……」
そういうことか。
ユレン君が話してくれた錬成師を目指していた理由。
難病と闘う妹さんのためという話だった。
つまりこの国の王女様で、陛下の娘を助けることが出来ていたんだ。
私が作ったということも、ユレン君が伝えてくれていたのかもしれない。
「ずっとお礼が言いたかった。一国の王としてはもちろんだが、一人の娘の父親として、君には感謝してもし足りない。君のしてくれたことには必ず報いよう」
「い、いえ、私はただ……やれることをやっただけですから」
「そうか」
感謝の言葉さえもらえれば十分。
そう、十分なんだ。
見返りを求めてやっていたことじゃない。
ただ認めてほしいという願いがあって、それはもう叶ってしまったから。
「君には期待している。私だけでなく、多くの者たちが君に助けられるだろう。その代わり、君が困った時は我々が味方をすると約束しよう」
「はい! ありがとうございます」
期待。
自分のことを認めてくれている故の言葉。
どうしようもなく嬉しくて、新鮮だ。
たぶん……あの場所にいたら一生、縁のない言葉だっただろう。
◇◇◇
メイクーイン王国の王城、その敷地内にあり政治的拠点となっている王宮では、日々多くの人々が働いていた。
アリアが王宮を追いだされた以降も、何の変化もなく日常は続いている。
彼女が使っていた研究室は、妹であるセリカに引き継がれている。
姉がいなくなってしまったことを哀しみ、せめて姉が過ごした場所を使いたいとセリカが懇願したからだった。
それを聞いた周囲の者たちは……
「あのような出来損ないの姉に優しいお言葉を向けるなんて」
「ああ、何と素晴らしいお方なのか」
と、絶賛されたという。
彼女と直接面識がない者はもちろん、近しい者でさえその本性を知らない。
姉を思う気持ちなどない。
あるとすれば、出来の悪い姉を邪魔だと思っていたことくらいだろう。
姉妹などと言う言葉は、彼女たちにとっては幻想でしかなかった。
セリカがアリアの研究所を引き継いだ最大の理由は、彼女が残した研究成果をそのまま奪うため。
研究室はアリアが使っていた頃のまま、資料もすべて残っている。
「さぁ、精々活用させてもらうわよ」
その後、アリアの研究成果を手に入れたセリカは次々に新ポーションや新物質を発表していく。
石化を解除する効果のポーションや、一時的に毒物を完全無効化するポーション。
鉄より硬く、耐熱性に優れ、特定の液体を混ぜるだけで簡単に加工が出来る金属など。
国内だけでなく世界の文明を発展させる発明を続けた。
セリカの評判はさらに上がっていく。
本物の天才。
当代最高の錬成師。
様々な呼び名で彼女を称える。
が、それら全ては借り物の栄光に過ぎない。
彼女自身の才能でも、努力の結果でもない。
そう、彼女は何もしていない。
錬成師としての才能はあっただろう。
しかし彼女は自身の才能を伸ばすことではなく、才能を持つ者から奪うことに尽力を注いだ。
だから……
「え? 量産方法ですか?」
「はい。陛下からの命で、こちらの新ポーションの簡易的な量産方法を提示してほしいと」
「え、いえ、量産方法が必要なのですか?」
「もちろんです。いくら効果が良くても、錬成師しか作れないのでは話になりません。今までもそうだったはずですが?」
国王からの使いは首を傾げる。
彼は当たり前のことを言っているだけで、現に今までもそう対応してきた。
錬成師の役割は、これまで世界になかった新しい物を生み出すこと。
生み出した後、それを誰でも作れる形に整えることも含まれる。
錬成台を使えるのは錬成師の才能を持つ者だけ。
彼ら彼女らは一人の人間、やれることには限りがあるのだ。
「期日はいつも通り二週間後です。ではよろしくお願いいたします」
「わかりました」
これまで彼女は、アリアの成果を奪うだけだった。
故に、それ以上の要求をされても応えられないのは必然。
急いでセリカは研究所中を探しまわり、量産方法の記述がないことに絶望する。
彼女は知らない。
研究所に残されていた成果の中で、なぜ発表していない物が多かったのか。
それは、量産方法が確立できていないからだった。
アリアが見据えていたのは常に先のこと、今しか見ていない彼女には、到底たどり着けない。
本物の天才は彼女ではない。
ここまでがプロローグ的お話でした!
評価がまだという方は、現時点で構いませんのでして頂けると嬉しいです!
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