9.ようこそ新天地
用意された朝食がテーブルに並ぶ。
十数人が一緒に並んでも平気なくらい大きなテーブルに、私とユレン君だけがいる。
新鮮である以上に落ち着かない。
「悪いな。急だったし簡単なものしか準備出来なくて」
「う、ううん! むしろこんなにたくさんの朝食、初めてだよ」
「そうなのか? じゃあたくさん食べてくれ」
「うん。いただきます」
王宮で働いていた頃も朝食は用意された。
もちろん王宮の食事だから、悪いというほど少なかったり質も悪くない。
ただ、私の場合は錬成術の研究が忙しくて朝食を抜いたりすることが多かった。
その所為なのか、徐々に朝食の量が減ったり、品目が減ったりしていて。
ちゃんと食べなかった自分が悪いとわかっていたから、何も言えずにずっと過ごしていた。
そういう意味では豪華さより、こうして落ち着いて朝食をとれることが珍しい。
「風呂はもう入ってきたんだろ? 勝手がわからなかったりしなかったか?」
「うん、大丈夫だったよ」
お風呂は先に済ませてきた。
とっても大きな大浴場を一人で使えて大満足だ。
昨日から感じていた身体の疲れも、お陰でだいぶ和らいだと実感する。
「服もありがとう。わざわざ用意してくれて」
「いいよ。それはうちの宮廷で働く人用のだから、これからちゃんと働いてもらうぞって意味でもある」
「これがそうなんだ」
確かに服の胸に、セイレム王国の紋章の刺繍がされている。
私が着ていた前の国の服は洗ってもらっている最中だけど、もうこれから着ることはなさそうだ。
デザイン的にはこっちのほうが良い。
派手過ぎないし、白より灰色の部分が多いから、もし薬品がはねて汚れても目立たなそう。
錬成術はいろんな素材を扱うし、時々失敗もするからよく服が汚れる。
「その服を着てれば王城内じゃ不審がられない。ヒスイが父上に話をつけに行ってるし、話が終われば堂々と歩けるよ」
「う、うん。あのさユレン君、国王様にお会いした時って私はどうすればいいの?」
「あーそうだな~ 簡単に自己紹介くらいはしてもらうけど、基本的な事情は先にヒスイが伝えてるよ。後は俺が説明するし説得する」
「良いの? 私のことなのに」
私がここで働くためのお願いを、全て二人に任せて良いのだろうか。
お願いするべきところは、自分でハッキリと言うべきなきがする。
ただ、初めてお会いする方で、しかもこの国の王様だ。
接し方を間違えれば、それだけで話が終わってしまう気もして……うまく話せる自信は、正直言ってなかった。
「良いんだよ。アリアに来てもらったのは、半分は俺の我儘みたいなものだし。俺から言ったほうが父上も聞きやすいだろ」
だから、ユレン君がそう言ってくれた時、私は密かにホッとした。
情けないとは思う。
◇◇◇
王座の間。
王城最上階に位置するもっとも広く豪華な部屋で、その名の通り部屋の奥に王座がある。
国王陛下が来客と謁見したり、何かの催しの際に使われる由緒正しき部屋だ。
その内装や趣は、どの国もさほど変わりはないという。
王座に続く赤いじゅうたんと、その左右に構える屈強そうな騎士たち。
中にはヒスイさんの姿もある。
部屋での雰囲気とはうってかわり、厳格な表情でぴっしりと背筋を伸ばしていた。
私は彼らの視線に挟まれながら、赤いじゅうたんの上を歩く。
ユレン君と一緒に。
陛下の顔が見える。
年齢は四十歳くらいだろうか?
その差がある分ユレン君とは全然違うし、立派な髭もあって凄い人という感じは強い。
ただやっぱり親子なのだと思う雰囲気の近さは感じて、意外に緊張はしていない。
王座の足元まで近づいて、私とユレン君は片膝をつく。
「父上、お忙しい中お時間を作って頂きありがとうございます」
「よい、事情はヒスイから聞いている。二人とも顔をあげよ」
「はい」
「は、はい!」
私はユレン君に少し遅れて顔をあげる。
見上げた先にいる陛下は、怒っているでもなく、笑っているわけでもない。
「そなたが隣国の錬成師なのだな?」
「はい! アリア・ローレンスと言います! 一年ほど前から宮廷錬成師のお仕事をさせて頂いていました。ですが……」
「よい。事情を聞いた上でそなたが悪いわけではないとわかっておる。しかし今度はこちらの王宮で働きたいか……」
陛下は難しい表情をされた。
やはり急、そして部外者をいきなり働かせるのは難しいのかもしれない。
ユレン君が説得しようとする。
「私はこれまで多くの薬品や物を作ってきました! 錬成術は独学ですが、知識と技術は誰にも負けない自信があります! ここで働かせていただけるなら、全身全霊を持って皆様のために頑張ります! だから、お願いします! 私をここで働かせてください!」
「アリア……」
「ほう」
でも私は、それより先に口を開いた。
そのまま勢いよく頭を下げた。
ユレン君は自分が説得すると言ってくれたけど、やっぱり私の将来のことなら、私自身が言うべきだ。
これから先、彼の力を借りて生きて行くのではなく、彼の力になりたいから。
「顔をあげよ。そなたの思いはよくわかった。とても強く、まっすぐな思いだな」
私が顔をあげると、陛下は優しく笑っていた。
雰囲気はユレン君にそっくりで、見ていると心がホッとする笑顔だ。
「そなたを我が王宮の錬成師として認めよう! ようこそ我が国へ! その言葉、思いに偽りがないことを示すと良い」
「父上!」
「あ、ありがとうございます」
嬉しさに瞳が潤んでくる。
何だか今日は泣いてばかりだ。






