第七話:彼の正体
先生が出て行った後、私も教材室を出て行った。準備室の前を通る。
「せーんぱい」
準備室のドアのところに、先程自分を拘束した少年が腕を組んでもたれかかっていた。彼の表情は作られた笑みだった。それに少し怯み、後退する。それに対して、彼は私にじりじりと近づいてきた。
「お仕置き。どうでした?」
とうとう壁まで追いやられ、顎を掴まれた。年下とはいえ、彼も男の子。力は自分よりもあるし、身長だって………
「最低」
彼の手から逃れようと、顔をそむけてみる。彼はそれが気に入らなかったのか、顎を掴んでいる手の力を強くした。そして、無理矢理彼の方へ向けてくる。
「痛っ……」
「皆沢先生も、お堅いですよね。かわいい女の子があんな恥ずかしいカッコしてたのに…何もしないなんてね。でもきっと、理性保つのに必死だったんでしょうね。」
「皆沢先生は、そんなことしないよ…」
「そうかな?」
彼は、顎を掴んでいた手を離した。それと同時に、全身の力が抜けたように床にへたり込んだ。
「先輩って、処女なの?」
「…なんでそんなことあんたに言わなきゃいけないの」
「んー、確かめてもいいけど」
「処女!」
彼が皆言う前に、言い切った。彼は色っぽく微笑んだ。その顔をみて、思い出す人物。
―――げ。緑川先生。
彼の顔といい、性格といい…。性癖といい。(彼はドSとみた。)彼は、緑川先生を連想させる要素をたくさん持っていた。
「先輩、名前教えてよ」
突然彼が、へたり込んでいる私に手を差し伸べた。私は、その手を振り払う。
「言うわけないでしょっ!!」
「あ、そっか。人に名前聞くときは、自分の名前を先に言わないといけないもんね」
彼は振り払われた手で、私の腕を無理矢理引っ張って起こさせた。そして、まだふらつく私に、耳元で言った。
「俺の名前は、緑川慧っていいます。慧って呼んでくださいね♪」
「誰が…っ……って、え?緑川…って…」
「緑川棗の弟ですっ♪」
緑川棗…!!誰それ!!あの保険医の名前って、棗だっけ?覚えてないな…
「この学校の保険医をしている緑川の弟です。…これで、分かりますか?」
…………………
「ええええええ〜っ!?緑川先生って、弟さんいたんだぁ!!」
「弟さんってゆーの、やめてください…慧って呼んでください!」
「えー……まぁ、緑川くんっていうのもなんかキモいしな…んじゃあ、慧君で!」
「まぁ、いっか。で、先輩の名前は?」
なんだか腑に落ちない顔をしていたが、慧はまた微笑んで言った。
「…右京。」
「下の名前も言いましょうね、先輩?」
再び腕を掴まれる。再びふらつく足元。何かされそうな予感がしたので、意を決した。
「右京、姫香。」
「………姫香…?」
何故か、慧は姫香の名前に反応した。そして、少し考え込むような素振りを見せた。
「かわいい名前。姫って呼ぶね♪」
「ヤダ!しかも、私仮にも先輩じゃん!敬ってよね!」
「んじゃあ、姫様?」
「…もういいよ、姫で」
どうやら先輩と呼ぶ気はなさそうだ。少し、先輩と言われることに憧れていた為、ショックを受ける。
「姫。もうみんな帰ったっぽいから、帰りましょう?」
そう言って、手を差し出す慧。私はその手を取り、冗談交じりに言った。
「ええ、そうね。」
言った後で、二人で笑ってしまった。「姫」って言われて、敬語使われるなんて…まるで、私の部下みたい!それに、人前でやられると恥ずかしいので、姫と呼ぶなら敬語はやめてくれと言った。すると、慧はあっさりと敬語をやめた。やはり、なめられていたようだ。
「姫、送るよ」
そう言って、慧は私を送ってくれた。家まで?いや、駅まで。