02.探索、そして遭遇
自分はサキュバスになっている。それが今この状況から導き出される結論だった。
正直、もう自分に理解ができる範疇ではないので、原因を考えるのは一旦諦めてここから移動することにする。
さて、ひとまず第一目標は川を見つけ出すことにしよう。
大きな川の下流には町があるはずだ。
町に着いてからのことは、そのあと考えればいいだろう。
さて、そうと決まれば問題は進む方向だ。
森の中にはあまり傾斜もなく、どちらの方向が山でどちらの方向が山かも分からない。
俺は数分考えたのち、己の勘を信じて朝日の方向を目指すことにした。
それから1時間ほど歩き続けただろうか。
いつもより歩幅の小さな脚では、同じ距離を歩くのでも疲労がまるで違って感じた。
そろそろ休憩でもしようかと思い立ち止まると、ふとかすかに音が聞こえた。
その音に耳を澄ましてみると、どうやら水の音のようだ。
俺は高鳴る鼓動を抑えながら駆け足でそちらへ向かうと、まもなく音の正体にたどり着く。
それは俺の想像通り川だった。
ひとまず水源を見つけられたことに安心した俺は、小休憩を挟むことにした。
俺は沢の近くにあった大きめの岩に腰掛ける。
……そういえば、昨日の晩から何も口にしていないな。
そのことに気がつくと、一気に喉が渇いてくる。
考えてみれば無理もない。
なにしろ、暗い森の中、明るい森の中をかなりの時間歩き回っていたのだから。
すくと立ち上がり沢に近づくと、幸いなことに水は川底が見えるほどに透き通っていた。
これならば問題なく飲めるだろう。
しゃがみ込み、手で水をすくう。
ただそれだけの行為なのに、視界に入る女の子特有の柔肌、おなか、太もも、長い桃色の髪。
その全てに目線がいってしまい、自分の体のはずなのにとても気が散る。
不幸中の幸いは、胸が比較的控えめなことだ。
……とはいっても、全く膨らみがないわけでもないので、思春期男子にとって目の毒なことには変わりなかった。
俺は目を細めて、できるだけ視界に入らないようにしつつ、手早く口に水を運ぶ。
何気ない行動にも神経をすり減らし、疲れてしまった俺は再び岩に座り込み、空を見上げる。
空だけは昨日となにも変わらないんだな。
そう思うと、気がつけば疲れとも安堵ともとれるため息をついていた。
「ガサガサッ」
ふと、背後で草木が揺れる音がした。
音のした方へ向き直ると、そこには今の自分の身長の1.5倍はあるだろう巨人が立っていた。
「ひいいぃぃぃぃ!?」
巨人は俺と目が合った瞬間に悲鳴ともとれる声を出しながら後ずさり、尻餅をついた。
よくみると、その巨人はとてもがたいがよく、みすぼらしい作りの服を着ていた。
……そして、豚とも思えるような頭部を持っていた。
自分の知識が正しければ、これはオークという種族なのではないだろうか。
ただ、不思議なのは彼(?)が、俺に対して極度におびえているように見えることだ。
しかし、貴重な第一遭遇者だ。悲鳴から察するにコミュニケーションも可能かもしれない。
意を決して、俺は声をかけるべく立ち上がる。
「あのぉ」
「ひいいいぃぃぃ!?許してください、わたしには妻子がいるんです!
な、なななんでもします!なので、この場はどうか見逃してください!」
「……すまん、どういうことかよく理解できないんだが」
間違いない。彼は俺におびえている。それも異常なほど。
理由は分からないが、俺がこれ以上接近することは無意味に彼を怖がらせることに他ならないだろう。
逃げられてしまっても困るので、俺は再び岩に腰をおろす。
「怖がせてしまったのなら謝る、すまん。でも、俺はお前に手を出す気はない。どうか安心してほしい。
ただいくつか質問に答えてほしいんだ」
「……は、はぁ」
彼は目に見えて困惑しながら、気の抜けた声をあげる。
俺はそれに構わずつづける。
「その……この近くに町ってないか」
「な、なんでそんなことオラに聞くんだ」
「町に行きたいんだ」
「町に……?町に行ってなにする気だ?」
「む、何を?そうだな……うーん」
彼は自分のことを疑問の目で見ていた。
たしかに町に着いてからのことは全く考えていなかった。
答えに詰まっていると、相手のほうから話しかけてきた。
「か、仮にオマエが町にたどり着いても、オマエを町の中に入れるとは思えないな」
「ん?それはどうして」
「サ、サキュバスがなんの理由もなく町に入って、自由に歩き回れるわけないだろ」
俺はこの発言で、自分がこの世界におけるサキュバスであることを確信した。
嬉しいやら悲しいやら、自分の予想は当たっていたらしい。
「……やっぱり俺はサキュバスなのか」
「な、なにいってんだ。サキュバスじゃなかったら他に何だってんだよ」
軽く独り言をしただけのつもりだったが、どうやら聞こえていたようだ。
たしかに、他人からすれば自分の種族が分からないなんて不自然きわまりないだろう。
例えるならば、人間が「私は人間なのか」と言っているようなものだ。
不審に思われても仕方ない。
ここは彼から話を聞き出すためにも、それらしい言い訳をしておくべきだろう。
「あー、それはだな……実は俺、記憶喪失みたいなんだ」
「記憶喪失?」
「そう、記憶喪失」
我ながらとっさにそれらしい言い訳を思いついたものだ。
「そ、それってアレだろ?オラも詳しくは知らないが、何も思い出せなくなるっていう呪いだ」
「……呪い?病気じゃないのか?」
「オラはよく知らないが、呪いが原因の方が多いらしい」
「ふうむ?」
この世界には呪術のたぐいが存在するのか?
あるいは、文明レベルが低く原因不明のために、神や悪魔の類いのせいにしているか。
「用がないならオラはもう帰るぞ」
少し自分の世界に入っていたらしい。
目を離していた隙に彼は回れ右をしていた。
それを見て俺は慌てて引き留める。
「ああぁぁぁぁ!待ってくれ、もうちょっとだけ質問させてくれ」
「なんだ?家族が待っているし、オラはそろそろ帰りたいんだが」
「さっきサキュバスは町を自由に歩けないみたいなこと言ってただろ?
それはなんでなんだ」
「他の種族にとってサキュバスは種を絶えさせる危険な存在だからな」
「種を?それはどういうことだ」
「一言で言えばサキュバスに襲われたやつは、一生子を持てなくなる」
「子供が作れなくなるってことか……?」
もしかしたら、この世界のサキュバスは俺が考えていた以上に危険な存在なのかもしれない。




