01.転生、そして誕生
俺はつくづく自分の人生に失望していた。
大学では落ちこぼれ、友人もろくにおらず、あげく明確な将来の夢もないときた。
自分でも情けなくてため息が止まらないくらいだ。
ああ、超絶美少女に生まれて金持ちのヒモにでもなって一生遊んで暮らせるような人生ならよかったのに。
そう思いながら、ぼんやりとバイト帰りの自転車を漕ぐ。
月は天高く昇っており、あたりは静寂に包まれていた。
薄明かりのなか交差点にさしかかり、不意に視界が閃光に包まれる。
俺は慌ててそちらへ向くが、猛スピードでこちらに迫る鉄塊がもう既に目の前まで来ていた。
耳をつんざくようなクラクション、タイヤの焦げるにおい。
伝わるもの全てが俺に死を連想させた。
刹那、とてつもない衝撃が全身を襲う。
鈍痛と共に、宙を舞い視界がスローモーションになる。
(ああ、俺ここで死ぬんだな……)
---そして、地面に叩きつけられると共に、俺の意識は闇に飲み込まれていった。
どれくらい時間が経っただろう。俺はふと目を覚ました。
背中に湿った土の冷たい感触を感じる。
瞼を開けると、空には変わらず綺麗な月が昇っていた。
しかし、あたりに人の気配も感じないし、救急車の音も聞こえない。
何か様子がおかしい。
ひとまず上体を持ち上げあたりを確認しようと試みる。
……ふと、背中のあたりに違和感を感じた。背中に抵抗があるといえばいいのだろうか。
とにかく背中に経験したこのない違和感がある。
俺は首をめいっぱい回して自分の背中を覗く。
背中から見慣れない布きれの様なものが生えているように見える。
それはまるで傘の骨のようなものでピンと張られており、さながらコウモリが持っているような……
「…………羽がある……?」
声を出して気付いた。声も様子がおかしい。記憶にある自分の声より可愛いというか幼いというか。
「……っ!?あー、あー」
やはりおかしい。女の子の声だ。
そういえば、先ほどから体の痛みを一切感じないのもおかしい。事故のケガは一体どうなったんだ。
俺はそのままゆっくりと視線を下に落とす。
あんな事故に遭ったにもかかわらず、体には擦り傷一つなかった。なかったのだが……
胸のささやかな膨らみ、やわらかな体つき。そして、見覚えのないきわどい服装。
……そして、股間の違和感。
そっと自分の股に右手を伸ばす。
……ない。見た目通り自分の大事なものがない。
「……えっ?……はっ!? えっ!?」
何だ?いったい俺の身に何が起きてるんだ!?
頭の中がぐちゃぐちゃで整理が付かない。
ああ、そうだ。夢だ。きっとこれは夢なんだ。
うn、きっとそうだ。
自分に言い聞かせるように、そう脳内で繰り返しながら、自分のいつもより柔らかく感じる頬を力一杯つねってみる。
「いひゃひゃひゃひゃ……」
……夢じゃないかもしれない。
よし、ひとまず脳内を整理しよう。
俺はトラックに撥ねられ、目が覚めると少女になっていた。
それも羽の生えた。
うん、状況が一切わからないぞ。
仕方がないので思考を諦め、ひとまず自分の身の周りを確認した。
辺りを見渡すと、木々が鬱蒼と生い茂っており、地面からは草が絨毯のように生えている。
どうやら森の中のようだ。
トラックに撥ねられた勢いで茂みに飛ばされたのか。
……あるいは、全く違う場所にワープ(?)してしまったか。
とりあえず、もしかしたら近くに車道や事故現場があるかもしれない。ここらを見て回るか。
俺はいつもより軽く感じる体で立ち上がり、歩き始めた。
……それから数十分、付近を歩き回ったが、案の定、それらしき道は一切見当たらなかった。
「ここは一体どこなんだよ……」
ここが事故現場の近くという可能性は消えた。それはすなわち、ワープ以上のなにかが起きていることに違いなかった。
正直、頭の中は疑問符だらけだし、もっと調査したい気持ちは山々だった。が、ここは森の中だ。
月明かりが照らしているとはいえ、物陰に崖があれば気付かず脚を滑らせるかもしれない。
こんな土地勘もないような場所で身動きがとれなくなれば、それこそ人生終了だ。
続きは日が昇ってからでもいいだろう。
そう結論づけ、俺は先ほどまで転がっていた地面あたりに再び体を横たえる。
(……目が覚めたら病院のベッドだったりしないかな。)
そんなことを願いながら、瞼を閉じた。
翌朝、鳥の心地よい鳴き声と爽やかな朝日によって起こされる。
「……夢じゃなかったか」
わずかに夢である可能性を信じていたが、あっさりとその夢は打ち砕かれた。
しかし、明るくなって気付いたことがいくつかあった。
自身がピンク髪のロングヘアーになっていること。
おしりからは細いケーブルのような尻尾が、背中からはコウモリの様な羽が生えていること。
そして、大事なところを隠すのに必要最小限の布と、もはや必要なのか分からないレベルのミニスカートしか身にまとっていないこと。
その容姿と自分の知識から導き出される、それはすなわち
「もしかして俺、サキュバスになってる?」