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第三話 いざ、教会の調合室へ!

「しっかし、エリスもとんだ面倒事に巻き込まれたわねぇ。冤罪で魔女に仕立て上げられるなんて前代未聞だわ。無実の証明の全責任を負うのは、教会法を執行するこのあたしなんだから、失敗なんて絶対に許さないわよ」


 ヒュッと鋭く風を切り、ロッドの先端を勢いよくエリスに突き付けたマリオンは、にんまりと猫のように笑む。


「教皇様が魔女と断じた少女の無実を、心優しい蒼の枢機卿が華麗に証明する。筋書き通りに事が進めば、他の枢機卿連中に大差をつけて次期教皇候補になれる最高の機会だわ。今回は出世のために手を組んであげるから、あんたは死ぬ気で福音を完成させなさいよ」

「は、はいっ! 必ずやご期待にお答え致します!」

「よろしい、百点満点の返事だわ。でも、あたしの経歴に泥を塗るような結果になりでもしたら……その時は、覚悟なさいよ?」


 囁くようにそう言ったマリオンは、頑丈そうなロッドの柄を、パシッパシッと手のひらに打ち付け始めた。

 悪事を働くゴロツキが獲物を怯ませる動作とそっくりだ。


(福音が作れなかったら、あれで殴り殺される……ッ!)


 無実の証明に失敗した場合。火刑に処せられるよりも先に、聖職者らしからぬ出世欲の塊の手によって、命を奪われる可能性が一気に高まった。


 処刑と私刑。

 何がなんでも回避しなければ……っ!


「それじゃあ、調合室を一部屋押さえてあるから早く行きましょ。こんな辛気臭い場所、美容に悪影響しかないもの」

「その前に。ジュダ、例の物を彼女に渡してくれ」

(例の物ってなんだろう?)


 エリスが小首を傾げていると、主から命を受けたジュダが近付いてきた。


 未だにエリスを魔女だと信じて疑わないのだろう。ジュダから向けられる眼差しには、あからさまな殺気が込められている。眉間には「二度と消えないのでは?」と心配になるほど、根深い皺が何本も刻まれており、子供が見たら確実にトラウマ化する凶悪な顔付きだ。

 成人済みのエリスですら、悪夢に出てきそうだと背筋を震わせた。


「…………」


 ムスッとむくれているジュダから、無言で麻袋を押し付けられる。

 突っぱねる理由もないので、短く礼を告げたエリスは、あまり重さを感じない麻袋を受け取った。

「開けてごらん」とウィラードに促され、言われるがまま袋口を縛っている紐を解く。


 中に入っていたのは、教会で下働きをする女性が身に付けているお仕着せだった。


「わけあって理由は明かせないが、今回の無実の証明は秘密裏に行う必要がある。私達は一旦外に出ているから、その間に用意した服に着替えてもらえないだろうか? 今の服装ではどうしても目立ってしまうし、これは君を守るためでもあるんだ」

「わ、分かりました」


 せっかく魔女の汚名を晴らせる機会に恵まれたのだ。

 ウィラードが何を隠しているのか、気にならないと言ったら嘘になるが、今は無罪放免を勝ち取るのが最重要事項である。


(私は福音を作ることだけに集中しないと!)


 早速エリスが袋の中から服を取り出し始めると、男性陣は揃って独房内から出て行った。


 ギーゼラから贈られたドレスを、名残惜しい気持ちに蓋をして脱ぐ。元々寒かったのに、肌着姿になると一気に肌が粟立つ。

 ガチガチと歯の根が合わなくなったエリスは、急いでお仕着せの衣装に袖を通した。


 灰色のロングドレスに白いエプロン。頭部をすっぽりと覆うベールをかぶるのは、教会の下働きならではのスタイルだ。髪もベールの中へまとめてつめ込んだし、顔を伏せて歩けば、誰も自分が魔女として囚われた娘だと気付かないだろう。


(失敗は、絶対に許されない……っ!)


 着替えを済ませた途端、とてつもない緊張感が胸中から沸き起こる。

 と、同時に――聞き慣れた温和な声が脳裏で蘇った。


『エリス、聖花術師(せいかじゅつし)の本分は何かしら?』


 それは、花祝(かしゅく)()で委縮していたエリスに、ギーゼラが投げかけた問いだった。

 たとえ側にいなくても、師匠の教えは頭と心に深く刻み込まれている。


(そうだった、聖花術師の仕事に特別は存在しないんだよね)


 仕事用の作品と、無実を証明する作品。

 二つの福音の間に違いなどあってはならない。


 持てる技術の全てをつぎ込み、常に最高の福音を完成させるのだ。


(私はただ、いつも通り自分の仕事をすればいいんだ)


 張り詰めていた気持ちが緩み、自然と口の両端が弧を描く。

 普段の調子を取り戻したエリスは、両の拳を握り締めて「よしっ!」と気合いを入れ、確かな足取りで閉ざされた鉄扉へと向かう。そして彼女は、独房の外で待機しているウィラード達に声をかける。


「準備ができました」


 一度限りの命を懸けた試練に挑むエリスの瞳には、強い意志の光が宿っていた。






   ✿  ✿  ✿






 フィオーレ教団の総本山、ルートヴィルム教会。

 聖女セラフィーナが祈りを捧げ、花の女神が降臨した場所と伝えられている。


「さぁ、着いたわよ」


 マリオンに先導されて一行がやってきたのは、教会で最も日当たりの良い東館。その二階にある、整理整頓の行き届いた調合室だった。

 遠方から立ち寄った聖花術師のために、教会が無償で貸し出している施設の一つである。


(確か東館って、宮廷聖花術師きゅうていせいかじゅつしの研究室もある場所だよね?)


 宮廷聖花術師とは、平時に王族へ福音を献上する者達の総称だ。

 王室お抱えの凄腕聖花術師集団であるが、身分としては聖職者であるため、活動の拠点はあくまでも教会なのだとか。東館の一階はすべて宮廷聖花術師の個人研究室で、回廊から外に出ると、細かく区分けされた花壇やガラス製の温室まで用意されている。


「この部屋の中にある物は、自由に使ってもらって構わないわ。事前に確認しておいたけど、調合に必要な道具はすべて揃ってたわよ。生花の方は、福音に使用する花の種類が決まってから、一階で新鮮なものを調達してきてあげる」

「調合器具と花の件は了解しましたが、肝心の依頼人はどうするんですか? 福音の力を必要としている方がいなければ、調合は始められません」

「あぁ、それなら問題ないよ。依頼人ならここにいる」


 他者に見られると困るのだろう。目深にフードをかぶって獣耳を隠しているウィラードは、傍らに控えるジュダの肩へ右手をポンッと置いた。


 花祝の儀から驚きの展開続きで、そろそろ感覚が麻痺してきたらしい。

 今やエリスは依頼人がジュダと知っても、「そうなのか」と冷静に現実を受け止めていた。

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