表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/56

第二話 差し伸べられた救いの手

「私は聖リュミエール王国の第一王子、ウィラード・ルネ・ランドルリーベ。君は工房リデルの門下生、エリス・ファラーで間違いないね?」

「は、はい。そうですが……」


 王子自ら話し掛けてくれているのに、獣耳とモフモフな尻尾に視線が吸い寄せられる。

 目は口ほどに物を言うとは、今のエリスを示すに最も相応しい言葉だろう。獣耳と尻尾を行ったりきたりする彼女の正直な目線に、ウィラードはくすりと小さく笑みを零した。


「そんなに獣の耳と尻尾が気になるかい?」

「! 私ったら、つい……お気に障られましたよね?」


 いくら興味を惹かれたとしても、他者をじろじろ見るのは普通に失礼だ。

 恐縮したエリスが「申し訳ありません」と謝罪を述べれば、ウィラードは「構わない」と鷹揚に応じた。


「人とも獣とも判じかねない外見をしている者がいて、好奇の視線を向けるなという方が無理だろう。どちらも本物で、呪いの影響で生えたものだ」

「え……。お言葉ですが、呪いは師匠の福音が防いだはずでは?」

「君の師匠が使用した福音は、対呪い用ではなかったからね。守護の力が働いても呪いの効力を半減させるだけに留まり、魔女の意図とは異なる形で影響を及ぼしたんだ」

「そ、そうだったんですか……」

「けれど、気落ちしてはいないよ。落命の呪詛という脅威を、肉体の一部獣化だけで免れたのだから。バッツドルフ殿は私の命の恩人だ。彼女にはいくら感謝してもしきれないよ」


 ウィラードは服の上から左胸に手を当てる。

 規則正しく脈動する命の源を確かめる彼は、涼やかな目元を柔らかく細め、深く安堵しているように見えた。


 師匠はやっぱりすごい人だ――と、誇らしく思う反面。呪いというおぞましい単語に、緩んでいた緊張の糸が再びピンッと張り詰める。

 予期せぬ闖入者の登場によってすっかり頭から抜け落ちていたが、自分は第一王子の呪殺を企てた魔女として断罪の時を待つ身だった。


(どうやら、〝奥の手〟を使う時がきたようね)


 さっきまで独りぼっちだった牢内に、今や三人の権力者が集っている。

 豪華過ぎる顔ぶれに若干気後れしそうになるが、これは魔女疑惑を晴らす絶好の機会だ。


 童話に登場するお姫様は窮地に陥っても無条件で王子様が助けてくれる。

 では、脇役でしかないその他大勢の女の子は、絶体絶命の大ピンチに直面したらどうするか?

 答えは一つしかない。必死に知恵を絞って自ら行動するのみだ。


 ――……と、思っていたのに。


「さて、ここからが本題だ。これから君には、教会法第三十八条で定められた『無実の証明』を行ってもらう」

「へっ?」


 想定外の展開に腑抜けた声が零れた。

 呆気に取られたエリスが固まっている間も、ウィラードの唇は滑らかに説明を続ける。


「無実の証明とは、魔女として捕らえられた者に等しく与えられる権利だ。と言っても、何も難しく考える必要はない。君はただ、監査役に任命された六花枢機卿(りっかすうききょう)の前で、いつも通り福音を作るだけだ。ちなみに、今回の監査役だが……」

「はーい。蒼花枢機卿のあたしが務めるわよ」


 ウィラードが目配せすると、相変わらずのオネェ口調でマリオンが名乗りを上げる。

 優雅に横髪を背中に払った彼は、自然な流れで解説の任を引き継いだ。


「作業中の監視や完成品の検査は厳しくするけど、必要な物があったら遠慮しないでちゃんと言うこと。無実の証明は一度限りの権利なんだから。準備不足のせいで実力を発揮出来ずに、魔女として処刑されるのはイヤでしょ?」

「は、はぁ……」

「とはいえ、さすがに【聖花(せいか)】の用意は無理よ。あれは術師本人が育てた花だもの。いくらなんでも花が育つまで時間は取れないわ。神力の消費量が多くてキツイかもしれないけど、今回は普通の花で我慢してね」

「…………」


 当人を半ば置き去りにして、運命が怒涛の勢いで動き出す。

 実はエリスも、教会法第三十八条『無実の証明』を行使するつもりでいた。よもや、権利を宣言するよりも早く、ウィラードの方から切り出されるとは驚きである。




 ――なにせ彼は、魔女に命を狙われた被害者なのだから――。




 自分を呪殺しようとした可能性がある者を、自ら率先して救おうとするなんて……何かしら裏がありそうだと、妙に勘ぐってしまう。


「ウィラード殿下は、どうして私を助けようとして下さるんですか?」

「黙って聞いていれば、もう我慢ならん! 貴様、身の程を弁えろ! 殿下の御厚意を無下にするつもりか!?」


 直球で疑問を投じたら、即座にジュダからお叱りの怒声が飛んできた。

 刃の切っ先を思わせる鋭い目付きで睨まれ、「そ、そんなつもりじゃありません……」と、エリスは蚊の鳴くようなか細い声で弁解する。そんな彼女に尚も言い募ろうとしたジュダは、またもウィラードから片手で制され、非常に不服そうではあったが口を引き結んだ。


 臣下が黙するまで待ち、改めてウィラードはエリスと真っ向から相対する。

 エリスの瑞々しい青葉を思わせる瞳と、ウィラードの澄み渡る海の如き瞳が、互いの色を映して混ざり合う。


「私は、君が魔女ではないと確信している」


 静かな声音で、一切の淀みもなくウィラードは断言した。

 聡明な光を宿した眼差しで、青の王子は「理由は一つ」と右手の人差し指を立てる。


「呪いの瓶を開けようとした大司教を、君は必死に止めようとした。私を呪い殺そうと企んでいる魔女であれば、目的と行動が完全に矛盾している。バッツドルフ殿の福音が間に合ったのも、君が逸早く呪いの存在を周囲に知らせたからだ」

「――っ!」

「私の命を救ったのはバッツドルフ殿だが、そのきっかけを作ったのは他の誰でもない。君なんだよ、エリス嬢。――だから、今度は私が君を助ける番だ」


 思わぬウィラードの指摘に、トクンと胸が温かく脈打つ。

 温もりは瞬く間に全身へと広がり、エリスの視界が涙の膜でじわりと滲んだ。


(私、自分が恥ずかしい……)


 ウィラードは冷静な判断のもと、救いの手を差し伸べてくれたのに。そんな彼の澄みやかな想いを、自分は一瞬でも「怪しい」と疑ってしまった。

 咄嗟に謝罪をしようと口を開いたが、心優しい王子が受け取るのは別の言葉だろう。


「ありがとうございます、ウィラード殿下」


 床に額をこすりつけんばかりに、エリスは深々と頭を下げる。


 ぱちくりと目を瞬かせたウィラードは、やがて柔和に微笑むと、その場に膝をついてエリスの頭を撫でた。

 上から下へ。サラサラと髪を梳く優しい感触に、驚いたエリスは伏せていた顔を上げる。


「私にとって君も命の恩人なのだから、感謝をしなければならないのはこちらの方だ。それと、殿下と呼ばれるのはどうにも堅苦しいな。気軽にウィラードと名前で呼んでもらえるかい?」

「で、では……お言葉に甘えて、ウィラード様と呼ばせて頂きます。あっ、私は敬称を付けて頂くような身分ではないので、呼び捨てにして下さいますか?」

「分かった。今後はエリスと呼ぶことにするよ」


 最後にエリスの頭をポンポンと撫で、ウィラードは跪いていた床から立ち上がった。

 一連のやり取りを見守っていたマリオンは、「ずっるーい!」とむくれ顔で抗議する。


「あたしも猊下呼びはイヤよ。だって、可愛くないでしょ? 様付けも性に合わないし、気軽に〝マリオンさん〟って呼んでちょうだい。あと、あたしもエリスって呼ぶから」


 膨れっ面からにっこり笑顔に戻ったマリオンが、「いいわよね?」と小首を傾げた。

 絶世の美女も裸足で逃げ出すような、菫の花を彷彿とさせる可憐な微笑――のはずなのに。どうしてだろう、なぜだかとても腹黒く見える。有無を言わせぬ謎の迫力に気圧され、エリスはわずかに委縮しつつも「はい」と頷いた。


 それまでの威圧感はどこへやら。エリスの返事にパッと破顔したマリオンは、ジュダもさん付けで呼ぶように強制してきた。何でも、「騎士団長様とかムダに長ったらしくて、いつ舌を噛むかこっちが怖いのよ」だとか。

 ジュダ本人は心底嫌そうな顔をしていたが、敬愛する主が賛同してしまったのだ。そうなれば彼に拒否権はなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ