第三話 いつの日か贈られる花の意味
晴れて同門の仲間となったイレーネ。
花茶とお菓子を堪能しながら、二人は他愛もない会話を楽しんだ。
執務室では青と赤、二人の王子が兄弟水入らずの時間を過ごしており――夕暮れ時になると、クリストファーがイレーネを呼びにきて、二人揃って紅の宮殿へ帰って行った。
グレアムから手酷い扱いを受けたクリストファーも、イレーネに大きな恩義を感じているようで、「彼女が城に滞在中は自分が責任を持って守ります!」と国王に宣言したらしい。
そのため、イレーネは今でも紅の宮殿でお世話になっていた。
✿ ✿ ✿
「エリスが新しく作る工房で、イレーネ嬢も働くことになったのか」
手早く片付けをした私室にて。
壁際のソファに腰を下ろしたウィラードは、エリスが淹れた花茶を優雅に啜る。
ぴこぴこと機嫌よく動く獣の耳と尻尾は、見ているだけで心が和む。
お茶会で交わした他の話題は乙女の秘密だが、第一王子の婚約者として新たな工房を設立するので、仕事関連の情報はウィラードと共有しなければならない。
彼の隣に座っているエリスは、心許なげな表情で謝罪をする。
「事前に相談もせず、勝手に決めてしまってすみません」
「どうしてエリスが謝るんだい? 君が工房主を務めるのだから、君の好きなようにしていいんだよ。イレーネ嬢の滞在延長の許可等は私から父上に話しておこう。衣食住はクリスが率先して面倒を見たがるだろから、住む場所は違ってしまうけれど大丈夫かな?」
「私は構いませんが、クリストファー殿下のご迷惑になりませんか?」
「それはあり得ないよ。イレーネ嬢はクリスのお気に入りだからね」
カップをソーサーに置いて、ウィラードは悪戯っ子のようにクスクスと笑う。
その様子を見て、「クリストファー殿下もイレーネと同じ気持ちなのでは?」とエリスの直感が働く。
身分差のせいで諦めなくてはならない恋もある。
だが、奇跡はいつどのような形で起きるか分からない。
平民の自分が第一王子の婚約者になったように――……。
「それにしても、師弟ではなく仲間という関係を選んだところが、実にエリスらしくて私は好きだな」
「――っ!?」
ウィラードが口にした〝好き〟という単語に、心臓がバクンと大きく脈打つ。
(お、落ち着くのよ、私! 今のは恋愛的な意味じゃないから……っ!)
花咲き体質に対する引け目は感じなくなったが、ウィラードと過ごす時は厄介だと思うようになった。彼の何気ない一言でも敏感に反応して、花を咲かせる機会が増えたからだ。
今も気を抜けば花を咲かせてしまいそうで、エリスは気分を変えるべく席を立った。
「そういえば、ウィラード様に渡したい物があったんです」
研究用の資料が積まれている一角へ向かい、分厚い図鑑を手に取る。
真ん中付近の頁を開くとお目当ての物を発見した。
中庭で襲撃事件が発生する直前。エリスは地面に落ちていたミモザの花を数輪、ハンカチに包んで持ち帰っていた。
時折、ウィラードが読書をしている姿を見掛けていたので、押し花にして栞を作ってみたのだ。
「少々不格好ですが、良かったら使って下さい」
差し出された栞を受け取り、ミモザの花を目にしたウィラードは固まる。
「……これ、ジュダやマリオンには作ってないだろうね?」
「綺麗に咲き誇るミモザを見せて下さったお礼なので、ウィラード様の分しか作ってませんけど――何か不都合でもありましたか?」
不思議そうに小首を傾げたエリスに、ウィラードは苦笑交じりに軽く嘆息する。
「花は君の専門分野だろう。それで、この栞に使われているミモザだけど、エリスが選んだ意味はどちらなんだい? 花言葉を忘れたとは言わせないよ?」
「あっ!」
ミモザの代表的な花言葉は、【秘密の恋】と【友情】だ。
迂闊だった。
ウィラードが読書家だから栞を贈ろうと決めたはいいが、ミモザの花言葉まで考慮していなかった。
(私の、ウィラード様への気持ち……)
無意識に胸へ手を当てると、トクトクと熱い高鳴りが感じられる。
それだけではない。お腹の辺りが何だかむず痒くなるし、身体が勝手に熱くなって頭が茹りそうになる。
こんな感情に振り回されるのは生まれて初めてだ。
(これが恋なのかな? でも、間違ってたら取り返しが付かないし……)
初恋未経験の弊害に頭を抱えたくなる。
ウィラードに抱いている想いの正体が、自分自身でも分からないのだ。
けれど、一つだけ確実に言える事がある。
この気持ちは、友情を抱く相手に向けるものではない。
(それじゃあ私は、ウィラード様が……す、好き……ってこと?)
そこまでがエリスの限界だった。
甘い芳香を放つ桃色の幻想花が、ブワッと部屋を埋め尽くす。
エリスが真っ赤な顔でアワアワしていると、花の中から腕が伸びてきて、優しい力で引き寄せられる。
倒れ込んだ先は、ウィラードの逞しい胸元だった。
「こうしていると、世界に二人だけになったみたいだ。君を他の誰の目にも触れさせず、私の腕の中に囲っておける」
「あ、あの……ウィラード様、この態勢は恥ずかしいです……っ!」
「私は恥ずかしくないよ? 可愛いエリスを独り占めしているんだ。花が全部消えるまで我慢してもらえるかな?」
蜂蜜を溶かしたような美声で囁かれ、額に口付けが落とされる。
腰に回された腕によって密着度が増し、羞恥心が煽られたエリスは更に花を咲かせてしまう。
――これでは、いつになっても解放されないではないか。
「今はまだエリスの気持ちを聞かないでおくよ。その代わり、今度は私が選んだ花を君に受け取ってもらいたい。私はちゃんと花言葉を考えて贈るから、良い返事を期待しているよ」
獣特有の細長い瞳孔をした瑠璃色の瞳と、鼻先が触れ合うほどの至近距離で見つめ合う。
気分はまるで、狼を前にした兎……と言いたいところだが、兎は狼にときめいたりはしない。
(ウィラード様は、どんな花を私に贈ってくれるのかな?)
そして自分は、その花にどのような答えを返すのだろう?
のぼせたような顔色でグルグルと思い悩むエリス。
そんな彼女を更に強く胸へ抱き込み、呪われた半獣の王子様は満足げに微笑むのだった。
ご閲覧ありがとうございます!
「この度、聖花術師から第一王子の(臨時?)婚約者になりました ~この溺愛は必要ですか!?~」シリーズは、今回の投稿を以て無事完結致しました!
最後まで読んで下さったことに感謝しております。
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次回作へのモチベーションアップに繋がります。
また別の物語でお会い出来たら嬉しいです。これまで本当にありがとうございました!




