表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/56

第三話 いつの日か贈られる花の意味

 晴れて同門の仲間となったイレーネ。

 花茶とお菓子を堪能しながら、二人は他愛もない会話を楽しんだ。


 執務室では青と赤、二人の王子が兄弟水入らずの時間を過ごしており――夕暮れ時になると、クリストファーがイレーネを呼びにきて、二人揃って紅の宮殿へ帰って行った。


 グレアムから手酷い扱いを受けたクリストファーも、イレーネに大きな恩義を感じているようで、「彼女が城に滞在中は自分が責任を持って守ります!」と国王に宣言したらしい。

 そのため、イレーネは今でも紅の宮殿でお世話になっていた。






   ✿   ✿   ✿






「エリスが新しく作る工房で、イレーネ嬢も働くことになったのか」


 手早く片付けをした私室にて。

 壁際のソファに腰を下ろしたウィラードは、エリスが淹れた花茶を優雅に啜る。


 ぴこぴこと機嫌よく動く獣の耳と尻尾は、見ているだけで心が和む。


 お茶会で交わした他の話題は乙女の秘密だが、第一王子の婚約者として新たな工房を設立するので、仕事関連の情報はウィラードと共有しなければならない。

 彼の隣に座っているエリスは、心許なげな表情で謝罪をする。


「事前に相談もせず、勝手に決めてしまってすみません」

「どうしてエリスが謝るんだい? 君が工房主を務めるのだから、君の好きなようにしていいんだよ。イレーネ嬢の滞在延長の許可等は私から父上に話しておこう。衣食住はクリスが率先して面倒を見たがるだろから、住む場所は違ってしまうけれど大丈夫かな?」

「私は構いませんが、クリストファー殿下のご迷惑になりませんか?」

「それはあり得ないよ。イレーネ嬢はクリスのお気に入りだからね」


 カップをソーサーに置いて、ウィラードは悪戯っ子のようにクスクスと笑う。

 その様子を見て、「クリストファー殿下もイレーネと同じ気持ちなのでは?」とエリスの直感が働く。


 身分差のせいで諦めなくてはならない恋もある。

 だが、奇跡はいつどのような形で起きるか分からない。




 平民の自分が第一王子の婚約者になったように――……。




「それにしても、師弟ではなく仲間という関係を選んだところが、実にエリスらしくて私は好きだな」

「――っ!?」


 ウィラードが口にした〝好き〟という単語に、心臓がバクンと大きく脈打つ。


(お、落ち着くのよ、私! 今のは恋愛的な意味じゃないから……っ!)


 花咲き体質に対する引け目は感じなくなったが、ウィラードと過ごす時は厄介だと思うようになった。彼の何気ない一言でも敏感に反応して、花を咲かせる機会が増えたからだ。

 今も気を抜けば花を咲かせてしまいそうで、エリスは気分を変えるべく席を立った。


「そういえば、ウィラード様に渡したい物があったんです」


 研究用の資料が積まれている一角へ向かい、分厚い図鑑を手に取る。

 真ん中付近の頁を開くとお目当ての物を発見した。


 中庭で襲撃事件が発生する直前。エリスは地面に落ちていたミモザの花を数輪、ハンカチに包んで持ち帰っていた。

 時折、ウィラードが読書をしている姿を見掛けていたので、押し花にして栞を作ってみたのだ。


「少々不格好ですが、良かったら使って下さい」


 差し出された栞を受け取り、ミモザの花を目にしたウィラードは固まる。


「……これ、ジュダやマリオンには作ってないだろうね?」

「綺麗に咲き誇るミモザを見せて下さったお礼なので、ウィラード様の分しか作ってませんけど――何か不都合でもありましたか?」


 不思議そうに小首を傾げたエリスに、ウィラードは苦笑交じりに軽く嘆息する。


「花は君の専門分野だろう。それで、この栞に使われているミモザだけど、エリスが選んだ意味はどちらなんだい? 花言葉を忘れたとは言わせないよ?」

「あっ!」


 ミモザの代表的な花言葉は、【秘密の恋】と【友情】だ。


 迂闊だった。

 ウィラードが読書家だから栞を贈ろうと決めたはいいが、ミモザの花言葉まで考慮していなかった。


(私の、ウィラード様への気持ち……)


 無意識に胸へ手を当てると、トクトクと熱い高鳴りが感じられる。

 それだけではない。お腹の辺りが何だかむず痒くなるし、身体が勝手に熱くなって頭が茹りそうになる。


 こんな感情に振り回されるのは生まれて初めてだ。


(これが恋なのかな? でも、間違ってたら取り返しが付かないし……)


 初恋未経験の弊害に頭を抱えたくなる。

 ウィラードに抱いている想いの正体が、自分自身でも分からないのだ。


 けれど、一つだけ確実に言える事がある。

 この気持ちは、友情を抱く相手に向けるものではない。


(それじゃあ私は、ウィラード様が……す、好き……ってこと?)


 そこまでがエリスの限界だった。


 甘い芳香を放つ桃色の幻想花(げんそうか)が、ブワッと部屋を埋め尽くす。

 エリスが真っ赤な顔でアワアワしていると、花の中から腕が伸びてきて、優しい力で引き寄せられる。


 倒れ込んだ先は、ウィラードの逞しい胸元だった。


「こうしていると、世界に二人だけになったみたいだ。君を他の誰の目にも触れさせず、私の腕の中に囲っておける」

「あ、あの……ウィラード様、この態勢は恥ずかしいです……っ!」

「私は恥ずかしくないよ? 可愛いエリスを独り占めしているんだ。花が全部消えるまで我慢してもらえるかな?」


 蜂蜜を溶かしたような美声で囁かれ、額に口付けが落とされる。

 腰に回された腕によって密着度が増し、羞恥心が煽られたエリスは更に花を咲かせてしまう。




 ――これでは、いつになっても解放されないではないか。




「今はまだエリスの気持ちを聞かないでおくよ。その代わり、今度は私が選んだ花を君に受け取ってもらいたい。私はちゃんと花言葉を考えて贈るから、良い返事を期待しているよ」


 獣特有の細長い瞳孔をした瑠璃色の瞳と、鼻先が触れ合うほどの至近距離で見つめ合う。

 気分はまるで、狼を前にした兎……と言いたいところだが、兎は狼にときめいたりはしない。


(ウィラード様は、どんな花を私に贈ってくれるのかな?)


 そして自分は、その花にどのような答えを返すのだろう?


 のぼせたような顔色でグルグルと思い悩むエリス。

 そんな彼女を更に強く胸へ抱き込み、呪われた半獣の王子様は満足げに微笑むのだった。

ご閲覧ありがとうございます!

「この度、聖花術師から第一王子の(臨時?)婚約者になりました ~この溺愛は必要ですか!?~」シリーズは、今回の投稿を以て無事完結致しました!

最後まで読んで下さったことに感謝しております。


作品が少しでも面白いと感じて下さいましたら、ブックマーク、評価、感想などよろしくお願い致します。

次回作へのモチベーションアップに繋がります。


また別の物語でお会い出来たら嬉しいです。これまで本当にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ