表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/56

第一話 過去と現在で繋がる縁

 エリスの体調が全快した翌日。

 蒼の宮殿の客間には、イレーネが客人として訪れていた。


「先輩。これまで散々失礼な態度を取ってしまって、本当にすみませんでした!」


 花茶とお茶菓子が並べられたティーテーブル越しに、妹弟子が深々と頭を下げて謝罪をしてくる。

 何度も「気にしていない」と言っているにもかかわらず、これで本日五度目だ。


 対面の席でタルトを切り分けていたエリスは、困ったように眉尻を下げる。


「さっきから言ってるけど、私がイレーネから謝られる理由はないんだよ。だって、私と親しくするなって、師匠から命令されてたんでしょう?」

「でも……っ!」

「むしろ、私の方がイレーネに謝らないといけないんだからね。花比(はなくら)べで貴女が作った福音を初めて見た時、私がすぐに作品に込められた本当の意味を読み解けてたら、もっと早く助けられたはずなのに。不甲斐ない姉弟子でごめんなさい」


 小皿に取り分けたタルトをイレーネの前に置くと、エリスも深く頭を下げて謝辞を述べる。


 よもや自分が、謝られる側になるとは思っていなかったのだろう。

 眦が裂けんばかりに目を見開くと、イレーネは勢いよく首を左右に振った。


「不甲斐ないだなんてとんでもない! あんな分かり難いメッセージ、先輩でなければ見過ごされていたはずです。実際、福音を検分した六花枢機卿の方々は誰も気付きませんでした。先輩の柔軟な着眼点に、今も昔も私は救われたんですよ」

「えっ。昔って何のこと?」


 おずおずと顔を上げたエリスは、こてんと首を傾げる。

 揃えた膝の上で両手を組むと、イレーネは落ち着いた声音で口を開く。


「私は幼い頃から聖花術師(せいかじゅつし)を目指していたのですが、扱える神力の量が人よりも少なくて、どの工房からも入門を断られていたんです。先輩と出会ったのは、八度目の弟子入りに失敗して道端で泣いている時でした。優しく慰めてくれて、ハンカチまで貸してくれたんですよ」


 これです――と、イレーネは卓上に古めかしいハンカチを置く。


 ピンクのガーベラが刺繍されたそのハンカチに、エリスは見覚えがあった。

 ギーゼラのお付きでマクニース領を旅した際、聖花術師を目指している少女に渡したものだ。


(まさか……)


 ハンカチに向けていた視線をイレーネに向けると、彼女は小さく微笑みながら頷いた。


「あの時の私は涙で酷い顔をしていましたから、先輩が覚えていないのも当然です。だけど私は、先輩の存在を支えに前に進み続けました。ガーベラの花言葉は【常に前進】ですもん」

「それじゃあ、イレーネは最初から私を覚えてたの?」

「当然です。私はずっと先輩に憧れていたんですから。【幸せは必ずくる】というカキツバタの福音も、私のために即席で作ってくれましたよね。今も実家の自室に飾ってありますよ」


 エリスとの想い出を語るイレーネは、少し前の無感情が嘘のようだ。

 目をキラキラと輝かせ実に嬉しそうにしている。


 そんな彼女の表情を見て、「私は本当に嫌われてなかったんだ」と、エリスも自ずと笑顔になっていた。


「プロイツ猊下からすべてお聞きしましたが、先輩は本当に凄い人ですね。魔女化を解く福音を完成させるなんて、史上初の一大快挙じゃありませんか! 完全に呪いを防ぐ守護の福音だって、解呪の力を持つ先輩だからこそ完璧に作れたと思うんです」

「そ、そんなに褒めないでよ。守護の福音は師匠もノコンギクで作ってたし、魔女化を解いた福音も、材料さえ揃えたら誰でも作れると思うんだけど……」

「私は先輩の控えめな性格を好ましいと思っています。ですが、過度な謙遜は人によって嫌味に取られますよ? 私が人並みに神力を扱えているのも、先輩が作ってくれた福音のお陰だと思いますから」

「? カキツバタの福音がどうかしたの?」


 目の前で泣いている女の子をどうにか笑顔にしたくて、街道沿いの湿地に生えていた植物で簡単に作った、手抜きにも程がある福音だったと記憶している。

 聖域に生えていた植物なので、神力の消費量は普通で済んだし、特に変わった仕掛けをしたわけでもない。


 ぱちくりと目を瞬かせているエリスに、イレーネが神妙な面差しで説明する。


「先輩の福音を使ってから、私の体内に宿る神力の量が徐々に増え始めたんです。生まれ持った神力の量は変化しないと、どの教本にも明記されていたので……状況を好転させたのは、明らかに先輩の福音です」


 だって――と続けたイレーネは、年相応の屈託のない笑顔を浮かべていた。


「神力の量が多くなったから、私は聖花術師になる夢を諦めずに済んだんです。カキツバタの福音通り、幸せが訪れたんですよ。それからずっと先輩は私の憧れの人でした。同じ工房で働きたくて、教会の人に外見の特徴を説明して先輩を探してもらっていたんですけど……」


 徐々に声が小さくなり、最終的にイレーネは表情を曇らせて押し黙る。

 そこから先の展開は、エリスでも簡単に推測出来た。


「私を探してたから、イレーネはグレアム様に目を付けられたのね」

「……その通りです。どうせ入門するつもりなら駒として丁度良いと言われ、師匠が受けた依頼用の福音を作らされていました。あっ、先輩は謝らないで下さいよ? 私が勝手に先輩を探し出そうとしていたのが、そもそもの原因なんですから」

「イレーネ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ