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第八話 未来へ繋がる想い

「……ん、ぅ……」


 頬に影を落とす長い睫毛が微かに揺れて、閉ざされていた瞼がゆっくりと開かれる。


「エリス、目が覚めたんだね」


 耳に心地良い、どこまでも澄んだテノールボイスが聞こえた。


 ベッドの中で目覚めたエリスは、首だけを動かして横を向く。

 そこには、カーテンが閉められた窓を背にして、床に座り込んでいるウィラードがいた。


 宵闇の中で燭台に灯された炎が揺れ、ジジッと芯が燃える音がやけに大きく聞こえる。


「ここは蒼の宮殿の寝室だよ。神力不足で倒れるまで無理をさせてごめん。このまま君が目を覚まさなかったら……と想像するだけで、とても恐ろしかった」

「そ、そんな。大袈裟ですよ……」

「何が大袈裟なものか。君は丸二日も眠り続けていたんだ。処理しなければならない仕事は山積みなのに、気が付けばエリスのことばかり考えてしまって――……数年振りに、父上から『しっかりしろ』とお叱りを受けてしまったよ」


 我ながら情けない――と、ウィラードは自嘲気味に笑う。

 彼はスプリングを軋ませてベッドの上に乗ると、布団ごとエリスの身体を抱き締める。


「おはよう、エリス。目を覚ましてくれてありがとう」


 存在を確かめるかの如く肩口に顔を埋めて、ウィラードは夜の闇の中で朝の挨拶を囁く。


 大事にされているという実感が、ほのかに甘い喜びへと変わり、胸の奥底から滾々と湧き出す。

 溢れて零れた想いに突き動かされ、エリスもウィラードの広い背中へ腕を回した。


「おはようございます、ウィラード様」


 エリスがそう呟くと同時に、空中で幻想花(げんそうか)が咲き乱れる。


 夜陰と天上界の香りに包まれたベッドの上。

 二人の重なった影は暫くの間、決して離れることはなかった。






   ✿   ✿   ✿






 長い抱擁を終えたエリスは、ウィラードにせがんで様々な話を聞かせてもらった。


 どうやら今回の一件は、紅花枢機卿グレアム・エイボリーが謀反の首謀者として、法の裁きを受けることになるらしい。

 魔女として呪いを使用したギーゼラも、重罪に問われるだろうと覚悟していたのだが、予想に反して彼女は事件とは無関係で処理されていた。


「此度の一件で、エリスはバッツドルフ殿の魔女化を完全に解いてしまった。その事実を教会側に知られでもしたら、聖女の再来だと騒ぎ立てられ、君の存在を利用しようとする者が大勢現れるだろう。故に、父上はバッツドルフ殿を罪に問わなかった」

「私が聖女として祭り上げられたら、教会と国の勢力バランスが崩れるからですか?」

「勿論、それも理由の一つに入るだろう。しかし、父上は『エリス嬢は我が息子の婚約者だ。未来の娘を教会の連中から守るのは義父として当然の務めだ』と仰ってね。シルヴィア妃殿下やクリスを救った功績も含め、君が国の庇護下へ入ることが正式に決定したんだよ」

「……国王陛下、気が早くありませんか?」


 掛け布団を鼻の上まで引っ張り上げ、赤くなった顔を隠しながら正直な気持ちを呟くと、隣で横になっているウィラードが小さく笑む。


「誰に似たのか、私が尋常でない堅物だからね。この歳まで浮いた話の一つもなかったから、エリスが婚約者になってくれて安堵しているんだよ。私の呪いも解けていない事だし、解呪の件でも君にいなくなられては困る」


 エリスの柔らかな亜麻色の髪を指先で撫でながら、ウィラードは頭の天辺に生えた獣耳を、器用にピクピクと揺らしてみせた。

 布団の中でも尻尾が動きエリスの足にふさりと巻き付く。


 途端、エリスが眉をハの字に垂らす。


「実は、魔女本人が解呪する以外にも、呪いを解く方法は存在するんです。その条件は、作成者である魔女がこの世を去ること。教会が魔女の処刑を急ぐのは、呪われた被害者の救済処置でもあるんですよ」

「けれど、バッツドルフ殿は魔女から只人へ戻られた。私は聖花術師(せいかじゅつし)界隈の知識に疎いが、この場合も魔女がこの世を去った状態と同じだと思うのだが――違うのかい?」

「多分、呪いが正しく発動しなかったのが原因だと思います」


 耳を後ろに倒して困惑しているウィラードに、エリスは当時の状況を振り返りながら、自身の推測をぽつぽつと語り出した。


花祝(かしゅく)()では、私と師匠の作品がイレーネの手によって入れ替えられたんですよね?」

「あぁ、その通りだ。エリスが眠っている間にイレーネ嬢がすべて教えてくれたよ」

「私がウィラード様のお祝いに用意した福音は、今回の作戦でも使用した【守護】の花言葉を持つブローディアを、メインとして使っていたんです」

「そうか。私はずっとバッツドルフ殿に命を救われたと思い込んでいたが、呪いを跳ね返したあの福音は、エリスが作ってくれた物だったんだね。まさか、初めて出会った時から私を守ってくれていたなんて、君には感謝してもしきれないよ」

「感謝だなんて恐れ多いです……っ! 私の福音は確かに呪いを防いだかもしれません。でも、本来の願いとはかけ離れた形で、呪いの影響が発現してしまいました」


 今回の福音は完全に呪いを無効化していたので、使用した花に問題があるわけではない。

 違いがあるとすれば福音を開けた人物だ。


「私の福音を開栓したのは師匠でしたよね? もしかしたら、魔女の身に宿る瘴気が作用して、福音の効果が半減したのかもしれません。中途半端に発動した呪いは、その時点で師匠の作品ではなくなった……と、考えられます」

「つまり、私の呪いは突然変異の影響で製作者が存在しなくなったのか」


 恐らく……と、エリスは申し訳なさそうに首肯する。


 手探りで解呪の福音の研究を続けるよりも、ギーゼラの魔女化を解いてしまえば、ウィラードを呪いから解放出来ると思っていたのに。

 エリスの目論見は見事に外れ、解呪の糸口は手元をすり抜けていった。


 暗い表情で気落ちしていると、ウィラードから労わるように頭を撫でられる。


「エリスは真面目な良い子だね。だけど、解呪の件は焦らなくていいんだよ。私達はこれから先も苦楽を共にするのだから。仮に呪いが解けなくても、二人で生きていく分には何も困らないさ。王位継承権を放棄して、拝領した領地で慎ましく暮らすのも悪くない」


 落ち込んでいる自分を慰めようとしてくれているのだろう。ウィラードが語る未来は安穏としており、非常に魅力的に感じられた。

 しかし、その選択はどうしても選べない。


「お気遣いありがとうございます。だけど、私は解呪の福音が完成するまで、絶対に研究は止めません。だって、約束したじゃありませんか。ほんの僅かでも完全な解呪への希望があるなら、聖花術師として最善を尽くす――って」

「それは、そうだが――……」

「国教神様に誓った契約を反故にしたら、私は二度と聖花術師を名乗れなくなります」


 エリスは両手でそっとウィラードの頬を包み、彼の目を真っ直ぐ見つめて告げた。

 暗がりで淡く光る獣特有の瞳が大きく見開かれ、やがて穏やかに眇められる。


「人でも獣でもない。不吉な化け物に成り果てた私にとって、エリスは最後に残された唯一の希望だ。君がいてくれるから、以前ほど呪われた我が身を恐れなくなった。いつか人に戻れるのだと、己が運命を悲観せずにいられる」

「不吉な化け物だなんて……そんな悲しいこと、二度と言わないで下さい。確かに肉体は半獣化してますけど、私は、その……感情表現豊かな耳と、ふわふわの尻尾を……とても、可愛らしいと思ってます。……えっと、今の発言は不敬罪に当たりますか?」

「そんなわけないだろう。この呪われた身を好意的に見てもらえて嬉しいよ。ただ、これだけは言わせて欲しい」 


 自分の頬を包む小さな手に、一回り大きい己の手のひらを重ねつつ。

 きょとんと見返してくるエリスに向けて、ウィラードは蕩けんばかりの微笑みで囁いた。


「私よりも、エリスの方がこの上なく愛くるしい」

「……へ?」

「君という素敵なパートナーに出会えた奇跡を、国教神様に深く感謝するよ。教会だけでなく、国すら敵に回したとしても――私はこの身を賭して生涯エリスを守り抜くと誓おう」


 緩く波打つ亜麻色の髪が一房掬われる。

 ウィラードの唇が自身の髪に触れた瞬間、エリスの頬は薔薇よりも鮮やかな朱に染まり――……、


 その直後、大量の幻想花が部屋を埋め尽くしたのは言うまでもなかった。

ご閲覧ありがとうございます!

仲間との絆を信じて真犯人の思惑に立ち向かった第七章、無事に完結しました。明日から最終章を開始致しますので、今後も「この度、聖花術師から第一王子の(臨時?)婚約者になりました ~この溺愛は必要ですか!?~」シリーズをよろしくお願い致します!


作品が少しでも面白いと感じて下さいましたら、ブックマーク、評価、感想などよろしくお願い致します。

作者のモチベーションアップに繋がります。

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