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第二話 明らかになる真実

 ギーゼラに手渡された瓶からは、隠しようのない瘴気が漏れ出ている。


 中身は前回と同じく、首を垂れるようにして咲くスノードロップだ。

 明るい花言葉も併せ持つ花だが、瘴気を発している時点で、選ばれた願いは【あなたの死を望みます】以外にあり得ない。


 エリスは呪いに気が付いていたが、今回は止めに入ったりはしなかった。


(大丈夫。私だって、全力で手を打ったもの)


 曇りなき翡翠の瞳が見据える先で、ついに呪いの蓋が開かれる。


 瓶の中から瘴気を孕んだ黒い風が吹き荒れ、まるで大蛇のようにウィラードを呑み込んだ――……かと思われた。

 しかし、キンッと澄んだ音が鳴り響くと同時に、ウィラードを取り巻く黒い風が霧散した。




「今のが、私の誕生を祝う福音か」




 邪悪な風が消失すると、無傷のウィラードが現れる。


 呪いの蓋を開ける際は、口元に歪な笑みを浮かべていたのに。

 今や血の気を失った顔で愕然と立ち竦むギーゼラを、青の王子は氷塊のように冷たい眼差しで睨む。


「おかしなこともあるものだ。花祝(かしゅく)()で使用された呪いと何が違う? お前達の本来の目的は祝福ではなく、私を亡き者にする呪殺ではないか」

「な、何故……生きている……? 私の呪いは完璧だったはず……!」


 立っている気力すら失ったのか、ギーゼラがその場にへたり込んだ。


「ウィラード様がご無事なのは当然です。私がお守りすると約束していますから」


 認めたくない現実を拒絶するように、首を左右に振り続けているギーゼラの眼前へ、エリスが静かに歩み出る。

 自分を見下ろす弟子の姿に、ギーゼラの秀麗な容貌が崩れた。


 理性の光が消えた銀朱の双眸は、おぞましい殺気を宿してエリスを睨め付ける。

 ギリッと奥歯を噛み締めたギーゼラは、高く振り上げた拳を床に叩き付け、憎悪に満ちた声音で吼えた。


「エリス……っ! 私の邪魔ばかりする目障りな小娘! 大人しく魔女として処刑されていれば良かったものを!」


 刹那、ギーゼラの身体から濃密な瘴気が溢れ出す。


 調合室の床が棘まみれの蔦で覆われ、異様な形状をした暗黒色の花があちらこちらで咲き始める。

 負の感情が爆発して幻想花(げんそうか)が咲いたのだろうが、これは神々が御座す天上界の花ではない。




 ――遥か地の底、闇に閉ざされた冥界に咲く花だ。




 調合室は一瞬で本物の地獄のように様変わりした。

 マリオンはこの現象を把握しているらしく、今にも抜刀しそうなウィラードを、「これは幻覚の花よ」と冷静に諭している。


 その間もエリスは、魔女の本性を現したギーゼラと真っ向から対峙していた。


「幻想花の制御も出来ない貴女が、どうして私よりも高く評価されるの? 私は貴女の師匠なんだから、常に弟子よりも優れた存在でいなければならないの! それなのに世間は、『弟子に劣る出来損ない』と私を貶める……っ!」

「師匠、それは違います! その噂話は――……」

「うるさい、貴女の言葉なんて聞きたくもない!」


 必死の様相で説得を試みるエリスだったが、彼女の言葉をギーゼラの甲高い絶叫が遮った。


 感情の昂りに触発されて、太い蔦が意思を持ったように大きくうねる。

 幻だから怪我はしないと分かっているが、物凄い勢いで真横から薙ぎ払うように蔦が動き、エリスは思わず身を強張らせて目を瞑ってしまう。


 当然、幻影の蔦はエリスの身体をすり抜けたが――次に彼女が目を開けた時、ギーゼラの手には縦長の硝子瓶が握られていた。

 中に見える白い花弁は呪花(じゅか)として育てられた、死を招く呪いのスノードロップだ。


「耳障りな声が出せないように、私がその口を永遠に塞いであげるわ!」


 血のように赤いルージュが引かれた唇を吊り上げ、狂気に満ちた笑顔でギーゼラが呪いの瓶を開ける。


 先ほどウィラードを襲った呪いと同様に、黒い風がエリスの小柄な身体を包み込む。

 呪いを無効化する特殊体質のエリスだが、強烈な瘴気を浴びたせいで体内の神力が大幅に削がれ、全身から急速に力が抜け始めた。


 けれど、まだ倒れるわけにはいかない。

 伸るか反るかの大勝負はこれから始まるのだから。


 呪いの旋風が収まると、エリスは疲労が滲む表情に薄っすらと笑みを浮かべる。


「師匠が私を呪い殺すのは無理ですよ」

「ど、どうして……? 第一王子も、貴女も、何で呪殺出来ないのよ……!」

「ウィラード様とマリオンさんは、呪いを弾き飛ばす守護の福音を使っています。そして、私に呪いが効かないのは、他の誰でもない師匠のお陰なんですよ。――この福音を覚えていませんか?」


 呪いが効かない特殊体質の件は伏せたまま、エリスは大容量に改造を施したポケットから、工房の地下室で発見した福音を取り出す。


 五年前に弟子入りを祝福されたその日から、紫と白のノコンギクはオイルの中で色褪せずに咲いている。

 ギーゼラは自身が作った福音を、眦が裂けんばかりに目を見開き、ただただ茫然と見つめた。


「自分が魔女になっても私を傷付けないように、師匠はこの福音を作ったんですよね? 私の幸福と長寿を願い、ずっと守ってくれていたなんて……もっと早くに知りたかったです。そうしたら、私だって師匠を守れたかもしれないのに……」

「ふざけないで! 私よりも優秀な聖花術師(せいかじゅつし)だからといって、自惚れはよしてちょうだい!」

「私が師匠より評価されていると、本気で信じてるんですか? だとしたら、それは完全に間違ってます。マリオンさんに教会の記録を調べてもらいましたが、師匠の方が圧倒的に好成績を残してましたよ。聖花術師界隈でも私達に関する噂は一切流れていません」


 悲しみや辛さを押し殺した声で、エリスが淡々と事実を述べる。

「えっ」と呟いたギーゼラの瞳には微かな理性の光が戻り、調合室全体を覆い隠す冥界の花も徐々に薄れ始めた。


 今が攻め時だと、エリスは畳み掛けるように言葉を続ける。


「すみません。師匠の日記を勝手に読んでしまったんですけど、噂はいつも同じ人から聞いてましたよね? 日記には〝頻繁に工房を訪れる同期〟と書かれていましたが、そんな人、私にはグレアム様以外に心当たりがありません」

「そ、そうよ。全部、グレアムが私に教えてくれたの。彼は嘘なんか吐いたりしない、素晴らしい人なんだから。だって、魔女になった師匠に殺されかけていた私を助けてくれたもの」

「グレアム様が師匠の命の恩人である事実は否定しません。ですが、ありもしない噂を流していたのもグレアム様なんです。イレーネの家族を人質に取って、あの子を無理やり工房に連れてきたのも、グレアム様だって分かっているんですよ」


 イレーネの福音が見せた記憶の中で、彼女と家族を引き離していたのは、声や背格好からして明らかに男性だった。

 嫌がるイレーネを引きずって歩く男は、袖口に真紅のカフスボタンを付けており、そこにはエイボリー家の紋章が刻まれていたのだ。

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