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第三話 姉弟子としての誇り

 エリスから事情を聞いたウィラードは、即座に外出を許可してくれた。


 直接、紅の宮殿にいるイレーネを訪ねなかったのは、彼女が福音という手段を用いて救援を求めていたからだ。

 保護者代わりのギーゼラにも、表立って相談出来ない内容なのだろう。そんな状況下でエリスがのこのこ会いに行けば、逆に彼女を危険な目に遭わせかねない。


 イレーネが秘密裏に動いているのだから、こちらも密やかに行動するべきだ。


花比(はなくら)べの会場で福音を捨てたのも、私が拾うのを見越していたとしたら……きっと、工房で何か見つかるはず。私達の接点は同門の門下生ってだけだし、花比べが終わった後、イレーネは『工房へ帰れ』と言ってたもの)


 工房へ向かうエリスは、ウィラードが操る馬の背に同乗していた。

 どんな危険が潜んでいるか未知数なので、どうか城に残って欲しいと説得を試みたのだが、


『そんな場所に、エリスを一人で行かせるわけがないだろう』


 ――と、強引に付いてきてしまったのだ。


 無論、ジュダも護衛として同行しており、少し後方で馬を疾駆させている。

 マリオンのみ別行動で、彼は自身の屋敷へ寄って信頼の置ける部下を連れてから合流予定だ。


『工房で何か見つかった場合、証拠保全が重要になるでしょ。あたし個人に仕えてる私兵なら、鬼が出ようと蛇が出ようと誤魔化しが利くわ。現段階では教会騎士団を動かさず、内々に事を済ませた方が得策よ』


 普段の言動はハチャメチャだが、ここぞという時のマリオンは頭の回転が速い。

 彼の思惑がどこにあるのかは不明だが、大事にならないのであれば今はそれだけで十分だ。


(イレーネ、もう少しだけ待っていて)


 森の奥に立つ瀟洒な工房が木々の隙間から見えた。


 チグリジアの花言葉は自分の思い違いでありますように……と、祈りつつ。

 それでもエリスは、何があっても妹弟子を救い出すと、改めて固く決意するのだった。






   ✿   ✿   ✿






 ジュダには玄関先で周囲に気を配ってもらい、工房の中の探索はエリスとウィラードで行うことになった。


 道中は解呪状態にあったウィラードだが、今は一時間経過して半獣に戻っている。

 獣の感覚になると気配の察知が容易になるそうで、工房に入る前から中には誰もいないと、ウィラードには分かったらしい。


 エリスが持っていた合鍵を使って室内へ入ると、確かに人の気配は感じられなかった。

 無人にしていた期間が長かったので、床には薄っすらと埃が積もっていたが、こちらも踏み荒らされた形跡は見当たらない。


 侵入者がいないことに安堵したエリスは、ウィラードと共に家探しを開始した。






「な、何も見つからない……」


 一階にあるイレーネ専用の研究室や、二階にある彼女の私室の捜索は、十分も経たずに終了してしまった。

 理由は私物が異様なほど少なかったのだ。発見出来たのは必要最低限の着替えと、調合に必要な道具や聖花術(せいかじゅつ)関連の書籍のみで、手掛かりの類は一切無い。


 自分の取り越し苦労だったのか――と、エリスが胸を撫で下しかけた時。

 それまで黙っていたウィラードが徐に口を開いた。


「工房を出立する際、最後まで中に残っていたのは誰か覚えているかな?」

「確か、イレーネだったと思います。あの日は師匠が呼んでいると、私を部屋まで呼びにきてくれて、出掛ける直前まで二階にいました」

「それじゃあ、エリスの部屋も見てみようか。今現在、君の妹弟子は師であるバッツドルフ殿を頼っていない。城に滞在する以前からその状況が続いていたとしたら、手掛かりは誰にも気取られないタイミングを見計らって残すはずだ」


 思わぬ指摘にエリスは息を呑む。


 チグリジアの花言葉に込められた、【私を助けて】というイレーネの願いが本物なら、彼女はいつから救いを求めていたのだろう。

 ギーゼラを頼れないような悩みであれば、工房にいた頃から独りで苦しんでいた可能性もある。


(イレーネ……貴女は一体、独りで何を抱え込んでいるの?)


 思考の海に沈みかけたエリスは、首を左右に振って気を取り直す。

 考えても答えが出ない問題に時間を割くより、工房内をくまなく探索する方が有意義だ。


 気持ちを新たにしたエリスは、「こちらです」とウィラードを自室へと案内する。

 久し振りに自室の扉を開けると、〝それ〟は真っ先に目に飛び込んできた。


「これって……」


 窓辺に置かれた勉強用の机の上に雫型の硝子瓶が置かれている。

 まろぶように駆け寄って手に取ると、瓶を満たすオイルの中でチグリジアが揺れた。


 紛う事なき福音であるが、それはエリス自身が作った物ではない。

 瓶の形状とチグリジアの一致からして、イレーネの作品で間違いないだろう。


「ウィラード様、ありました! これが私に宛てられたイレーネからの手掛かりです」

「今回も福音に想いを託したのか。ちなみに、君の妹弟子を疑いたくないけれど、その福音は安全なんだろうね?」

「使用されているのは聖花(せいか)ですし、オイルにも清らかな神力が浸透しているので、間違っても呪いの類ではありません。作品に込められた願いは――……」


 チグリジア以外の二種類の花は、花比べの福音とはまったく違う。


 気品ある青紫のアイリスは、【メッセージ】と【信頼】。

 淡い紫のシオンは【追憶】。


 花言葉を慎重に取捨選択すると、福音の効果が自ずと判明する。


「イレーネは私が助けになると信頼して、自分が経験した過去の記憶を、そのままメッセージにしたようです。ウィラード様、念のため私から離れていて下さい。今から蓋を開けて内容を確かめてみます」

「しかし……」

「大丈夫です。仮にこの福音が危険な物でも私に呪いは効きません。それに、後輩から頼られたのはこれが初めてなんですよ。ここで一肌脱がなければ、先輩としての面子が丸潰れになるので、どうか私の我が儘を許して下さい」


 犬耳を力無く垂らして、胸中の不安を表情に滲ませているウィラード。

 自分の心配をしてくれる彼に、エリスは気丈に微笑んで見せる。


 暫しの葛藤を経て、ウィラードは数歩後方へ下がった。

 尚も気遣わし気な面差しで「くれぐれも慎重にね」と告げられ、エリスは笑顔を湛え「はい」と深く首肯する。


 そして彼女はウィラードに背を向けると、ゆっくり福音のコルク栓を引き抜いた。

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