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第五話 胸中に降り積もる雪

「着替えの最中、マリオンの機嫌が悪かっただろう? あいつは一方的に紅花枢機卿を敵視しているからな。赤色を見るだけでも蕁麻疹が出そうになるらしいぞ。そのドレスをお前に着せるのも、かなり渋ったんじゃないか?」

「そ、そうですね。『青が一番似合うのに……』って、ものすごく怖い顔でずっと言ってました」

「やはりか。まぁ、俺もお前には青の方が似合っていると思うぞ」

「……もしかして、蒼華騎士団も紅華騎士団と仲が悪いんですか?」

「言っておくが、関係を悪化させているのは向こうだからな。ことある毎に難癖を付けられて、ほとほと手を焼いている。俺も部下達も良識ある行動を心掛けているが、降り掛かる火の粉は払わねばならん」


(その状況を、仲が悪いって言うんじゃないのかな?)


 胸中でそっと突っ込みを入れたエリスは、「そう言えば……」と思い出す。


「あの、ジュダさん。次期国王を巡る権力争いは、それぞれの王子の派閥が勝手に行っているんですよね?」

「ん? その通りだが、いきなりどうした?」

「この前、中庭で偶然クリストファー殿下とお会いしたんですけど……兄君であるウィラード様を、酷く嫌っているように見えたんです。ウィラード様は、少し前までは兄弟仲が良かったと仰ってましたが、お二人の関係はどうして悪くなったんですか?」


 派閥争い関連の話題はどうしても空気が重くなるので、普段はうっかり口に出さないように注意をしていた。

 話の流れ的に、疑問を解消するチャンスは今しかない。そう踏んだエリスは思い切って口火を切った。


 周囲に人気が無いことを確認したジュダは、声量を落として密やかに語り出す。


「きっかけが何なのかは俺にも分からない。ただ、クリストファー殿下の態度が変わり始めたのは、二ヵ月ほど前だったと記憶している。それまでのクリストファー殿下は、兄君であらせられるウィラード殿下を心から敬慕していたはずだ。少なくとも俺の目にはそう映っていた」

「二ヵ月前って……本当に、最近の出来事だったんですね」

「俺も未だに、クリストファー殿下の豹変ぶりが信じられずにいる。彼の君は幼少の砌より、国王となったウィラード殿下の補佐を務めるのだと、勉学や武芸に励んでおられた。実に兄想いで無欲な御方だと、俺は敬服頻りだったのだが……此度の一件で酷く失望させられた。よもや、俺にまで暴言を吐き掛けてくるようになるとは、見境が無いにも程がある」

「えっ、ジュダさんも何か言われてるんですか?」


 驚いて振り仰いだ先で、げんなりとした顔のジュダが頷く。


「俺はウィラード殿下と行動を共にする立場だからな。殿下を貶める出しにされるのは、もはや日常茶飯事だ。しかし、先日のクリストファー殿下のお小言には救われたぞ。ウィラード殿下とお前が中庭を散策した日のことだ」

「クリストファー殿下、ジュダさんの所にも現れたんですか?」

「恐らく、クリストファー殿下とお会いしたのは俺の方が先だろう。お小言の内容は普段と大して変わらなかったが――その後に向かわれたのが、ウィラード殿下とお前のいる方角だったからな。嫌な予感がしたから待機命令を無視して駆け付けたんだ」


 なるほど。これは確かに、クリストファーの毒舌が役に立っている。


 彼がジュダに噛み付いていなければ、暗殺者の相手をするのはウィラード一人だった。

 いくらウィラードが強かろうと、エリスを守りながら三人と戦うのは無茶だと分かる。襲撃と同時にジュダが合流したからこそ、暗殺者の撃退に成功したのだ。


(こればかりは、クリストファー殿下に感謝しないとね)


 しかし、他人の嫌味で命拾いしたとは、心境的にはかなり複雑である。


 その後、エリスはジュダと軽い世間話をしながら時間を潰していたが、不意に階下から聞こえる弦楽器の音色が途絶えた。

 ポケットに忍ばせていた懐中時計を取り出し、蓋を開いて時刻を確認すると、クリストファー以外の王族が退席する時刻になっていた。


(また、ウィラード殿下と口付けしなきゃ……)


 恥ずかしいという思いよりも、どうしても気まずさが勝ってしまう。


 ウィラードとの関係がギクシャクし始めた頃から、虚しさが雪のように胸の底へ降り積もり、どんどん心が冷え切ってゆくのを感じている。

 寂しくて、悲しくて……今にも凍えてしまいそうだ。


 エリスが憂鬱な気分を溜め息に変えて吐き出すと、ジュダもつられたように嘆息した。


「いずれ時が解決すると思っていたが、これ以上の静観は無理だ。お前、ウィラード殿下と何があった?」


 単刀直入に問われたエリスは、切なげに眉根を寄せて頭を左右に振る。


「分かりません。視察の後から、ウィラード様の態度が急によそよそしくなったんです。ダメですね、私。婚約者として好かれないといけない立場なのに、逆に嫌われるなんて……」

「ちょっと待て、早まるな。殿下がお前を嫌っているだと? そのようなことはあり得ん。ここだけの話だが、赤色を身に付けたお前を見て、あの殿下が明確に気分を損ねられたのだぞ? この意味を良く考えてみろ。嫌われているどころか、むしろ――……」


 ジュダが話の核心に触れようとした時だ。

 サロンの扉がいきなり乱暴に叩かれ、「あたしよ、早く開けてちょうだい!」とマリオンの声が響いた。


 ぴたりと口を噤んだジュダが、足早に扉へ近付いて内鍵を開けると、貴族の盛装をしたマリオンが室内に飛び込んできた。

 一瞬、いつものローブ姿ではなかったので、「誰?」と固まったエリスだったが、そんな彼女にお構いなしでマリオンが怒涛の如くまくし立てる。


「緊急事態発生よ! 退場したウィルをここに連れてこようとしたんだけど、色気付いた小娘達が群がって、身動きが取れなくなっちゃったの!」

「身の程を弁えぬ無礼者など、お前が無理やり引き剥がせばいいだろう」

「このお馬鹿! 相手は貴族のご令嬢なんだから、乱暴に扱ったらあたしの出世に影響するでしょうが! とは言え、あたしだってウィルのために最善は尽くしたのよ? でも、優しく声を掛けたら聞こえないフリをされるし、少しでも近付こうもんなら尖ったヒールで足を踏まれて、散々な目に遭わされたんだから! あんなの、淑女の皮を被った猛獣集団よ!」


 凄まじいマリオンの剣幕に、途中で口を挟んだジュダが怯む。

 そんなわけで――と続けたマリオンはつかつかと歩みを進め、寝椅子に座って狼狽えているエリスの手を取った。


「出番よ、エリス。ウィルの解呪効果が解ける前に、何がなんでも口付けするの!」

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