第四話 赤の王子の誕生祭
煌びやかなシャンデリアの灯りが降り注ぐ、ウィンズレット城の大広間。
どこを見渡しても、第二王子を象徴する真紅の装飾が目を入る。
王族と彼らの専属騎士達は、自身に与えられた色の衣装を纏っているが、招待客のドレスコードは当然ながら赤だ。
女性は濃淡に差はあれども、赤系統のドレスに身を包んでいる。男性は全身を赤で統一するのが難しいため、ネクタイやタイピンなど、小物の色に赤を選んでいた。
ホールの中央では楽団の演奏に合わせて、何組かの男女が優雅にワルツを踊っている。立食スペースでは軽食を楽しみながら、上品に談笑するグループの輪が幾つも形成されていた。
大広間全体を見渡せる壇上には王族が勢揃いしている。
右端には国王と第一王妃、左端には第二王妃と第一王子が。そして、中央に置かれた白銀の豪奢な椅子には、本日の主役であるクリストファーが座している。
どうやら赤の王子の花祝の儀は、つつがなく終えられたようだ。
(クリストファー殿下って二重人格なのかな? 中庭で初めて会った時は、人を小馬鹿にしたような顔で嫌味ばっかり言ってきたのに、今日は誰が相手でもにこやかに対応してるわ)
二階へ続く階段を上りながら、エリスは横目で壇上の様子を見遣る。
儀式やらパレードで疲れているはずなのに。クリストファーは眩い笑顔を崩さず、入れ代わり立ち代わり訪れる貴族達の挨拶に快く応じている。
兄のウィラードにだけ反抗的なのか、それとも、今だけ猫を何重にも被っているのか――非常に気になった。
(ウィラード様まで色んな人に挨拶されてるのは、自分の誕生祭で夜会に参加出来なかったせいかな? あの日は急病ってことにして、本人不在のまま夜会を開催したみたいだし)
クリストファーへの挨拶を済ませた貴族が、そのままウィラードの方に移動する。
賓客の対応をするウィラードは、爽やかな笑顔を浮かべていた。
(……私にはもう、あんな風に笑い掛けてくれないのかな?)
視察先で深い口付けを交わしてからというもの、ウィラードの様子がおかしくなった。
以前はあからさまなアプローチを仕掛けてきていたのに、今ではそれがパッタリと止んだ。
顔を合わせても表情はぎこちないし、会話をする機会もめっきり減ってしまった。
夜も離れて眠るようになったのだが――朝になると、いつの間にかウィラードの胸にしっかりと抱き込まれている。
ウィラードが目覚めると、謝罪と共に即座に開放されるので、彼も無意識のうちにエリスを抱き枕にしているのだろう。
唐突な関係の変化に、日々、戸惑いと寂しさが募るばかりだ。
「おい。余所見をしていると転ぶぞ」
壇上を眺めながら階段を上っていると、斜め後ろを付いてくるジュダに注意される。
マリオンはプロイツ公爵令息と蒼花枢機卿という、二つの立場で夜会へ参加せざるをえないため、今宵はジュダがエリスの護衛を務めていた。
ウィラードの方は、蒼華騎士団の副団長が護衛として控えている。
夜会の終了時刻は三時間後だが、王族が全員集合するのは最初の三十分だけらしい。
なんでも、残りの二時間半は主役だけを残し、他の王族は退席するのが古くからの習わしなのだとか。
解呪の口付けをしたのは蒼の宮殿を出る直前だ。会場に到着するまでに十分、夜会が開始するまでに五分掛ったので、ウィラードが退席するまで十五分の余裕がある。
エリスが会場で待機するのは、不測の事態が発生した場合の保険だった。
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「殿下が退場なされるまで、お前はここで楽にしていろ」
階段を上り切ると、一番手前のサロンに入る。
壁や卓上に設置された燭台の炎が室内を淡く照らし出している。
家具は飴色に艶めくマホガニー製で揃えられ、憩いの空間にぴったりの気品ある装飾が施されていた。
猫足の寝椅子に腰を下ろしたエリスが一息吐くと、ジュダが僅かに表情を緩める。
「何だ、もう疲れたのか?」
「はい……。ずっと森の中で生活していたせいか、人混みはどうにも苦手なんです。ドレスを着るのもまだ慣れないので、既にクタクタですよ」
「それだけ着飾っていたら当然だな。生地の重さだけで何キロあるんだ? おまけに踵の高い靴を履いているのだろう? 俺からしたら新種の拷問だぞ」
エリスの傍らで待機の姿勢を取ったジュダが、彼女の身なりを一瞥して嘆息した。
普段は青の王子の婚約者として彼の色を纏っているエリスも、今夜ばかりは薄紅色のドレスに身を包んでいる。
耳飾りとネックレスには純度の高いルビーがあしらわれ、編み込んでハーフアップにした髪にも、光沢のある茜色のリボンが蝶のように留まっていた。
決して派手ではないが、清楚で愛らしい装いだ。
今なら貴族の令嬢を騙っても誰も疑わないだろう。
それどころか、会場入りした時点で年若い男性に声を掛けられ、ジュダが追い払うという珍事が発生していた。
「今日もマリオンが着付けをしたのか?」
ジュダの問いに、エリスは髪型を崩さないよう慎重に首肯する。
「ドレスなんて一人じゃ着替えられませんから。私は元々お洒落に疎いので、髪型やお化粧が流行遅れにならないように、マリオンさんが色々と情報を集めてくれるんですよ」
未だ正体不明の魔女が、メイドに変装しないとも限らない。
故に、ウィラードとエリスの周囲には、メイドが近付かないよう特別な措置が取られていた。
メイドの手を借りられないのなら――と、エリスがドレスへ着替える手伝いを買って出たのは、権力を愛してやまないオネェ枢機卿だった。
いくらマリオンでも、異性に着替えを手伝わせるのはちょっと……と、エリスは当然恥じらったのだが、
『あたしがウィルの婚約者に襲い掛かるわけないでしょ? 一時の欲に身を任せて、順風満帆な出世街道をぶち壊すのは、後先考えない馬鹿のすることよ。それに、エリスみたいなちんちくりんは、あたしの好みから完全に外れてるのよねぇ』
――と、きっぱり断言されてしまった。
ここまで堂々と「お前は眼中にない」と宣言されてしまえば、抵抗するだけ虚しさが増すばかりである。
事実、着替えを手伝うマリオンは終始楽しそうで、エリスは着せ替え人形のように扱われていた。
何だかんだエリスも年頃の乙女なので、今では可愛いお姫様に変身出来る着替えの時間が、ほんの少しだけ楽しみになっていたりする。
ちなみにマリオンの好みの相手は、「内緒」とウインクされて誤魔化された。
果たして、彼の恋愛対象は男性なのか女性なのか――謎は深まるばかりだ。




