表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/56

第八話 白昼の襲撃者

(もう少しここに居たいけど、わがままを言ったらウィラード様を困らせちゃうよね。それに、解呪の福音の実験もしないといけないし……)


 自分に贈られた麗らかな春色の景色を、もっとじっくり堪能したかったが、聖花(せいか)は調合予定に合わせて育てていた。

 あまり遅い時間になってしまうと花弁が閉じてしまうし、新しく調達した種も撒かなければならない。


 それなら……と、エリスはポケットから清潔なハンカチを取り出す。


「すみません、十秒だけ時間を下さい!」


 ウィラードの返事を待たずにその場へしゃがみ込む。

 柔らかな芝生の上に落ちているミモザの中から、なるべく状態の良い物をいくつか選ぶと、素早く拾い丁寧にハンカチで包んだ。


「お待たせしました。もう大丈夫です」


 立ち上がってハンカチをポケットへしまっていると、ウィラードから「何をしていたんだい?」と不思議そうに尋ねられた。

 はにかむように小さく笑んだエリスが「後で分かりますよ」と答えれば、ウィラードは無言で目を瞬かせる。


 やがて彼は、ふっと吐息交じりに微笑を零す。

 それは陰りなど見当たらない、普段通りの柔らかな微笑みだった。


「おや? ジュダが私の言い付けを破るなんて珍しいな」


 ウィラードから腕を差し出され、エリスが手を添えようとしていた時だ。

 回廊で待機しているはずのジュダが、こちらへ走ってくるのが見えた。


「何か問題でも発生したのかな?」と、エリスが嫌な予感を覚えた――次の瞬間。

 ウィラードに腕を掴まれたと思えば、強引に彼の胸元へ抱き寄せられた。


(な、何なの……?)


 突然の出来事にエリスが目を白黒させていると、近くの低木がガサガサと大きく揺れて、中から三人の黒装束の男が現れた。


 全員がフードを目深にかぶり、口元をマスクで覆っている。手にしているのは昼下がりの中庭に似つかわしくない、大きく刀身が反った特徴的な剣。

 一目で暗殺者だと分かる物騒な出で立ちに、エリスの全身にゾクリと怖気が走った。


「危ないから私の背中に隠れているんだ。大丈夫、絶対に君を守るから」


 白昼の襲撃者に怯えるエリスを背後へ庇い、ウィラードがローブの裾を払う。

 流れるような動作で剣帯から剣を引き抜いた彼は、無言で襲い掛かってきた男と激しく斬り結ぶ。


「殿下、参上が遅れて申し訳ありません!」


 走っている間に抜刀したのだろう。主に迫るもう二人の男を、ジュダが使い込まれた剣で斬り伏せようとする。

 しかし、男達は軽い身のこなしで彼の刃を避けると、今度は同時に三日月刀を突き出した。

 眼前に迫る二本の刀身を、ジュダは返す刀で弾き飛ばす。


 二対一で不利な戦いかと思われたが、蒼華騎士団を束ねる長の力は伊達ではなかった。

 ウィラードの方も危なげない剣捌きで、暗殺者と互角に渡り合っているが、危険な状態が続いているのに変わりはない。


(こ、怖い……けど、私がどうにかしないと!)


 城内は至る所に衛兵が配置されており、当番の騎士が何組も巡回している。不審者に遭遇したら迷わず逃げて、彼等へ助けを求めるのが最善だ――と、以前ジュダから教わっていた。

 中庭の周辺だけ、警備が手薄だとは考え難い。


 怖気付きそうになる己を叱咤して、エリスは大きく息を吸い込み、


「いやあぁぁっ! 不審者よ、誰か助けてぇぇ――!」


 なるべく遠くまで聞こえるように、甲高い悲鳴を張り上げた。


 誰でも良いから、どうか助けがきますように――と、エリスが必死に祈っていた時だ。

 攻撃一辺倒だった暗殺者達が、武器を振るう手をピタリと止めた。後方へ大きく飛び退った彼等は素早く目配せすると、瞬時に逃走を選択して実行に移す。


「ジュダ、奴等を追ってくれ!」


 ウィラードから鋭い声で命じられたジュダは、「はっ!」と応じて疾風の如く駆け出した。


 剣を鞘に収めたウィラードは、振り向くと同時にエリスを抱き締める。

 小刻みに震えている小さな背中を撫でながら、彼は努めて優しく言葉を紡ぐ。


「勇気を出して助けを呼んでくれてありがとう。良く頑張ったね」

「……っ」


 何度も繰り返し、ウィラードが「大丈夫」と口に出す。その言葉はまるで魔法のように、恐怖で凍り付いたエリスの心をじんわりと溶かした。


 やがて、エリスの悲鳴を聞いた巡回の騎士が駆け付ける。

 彼らに現状の説明をしている最中も、ウィラードは決してエリスを離したりしなかった。






   ✿   ✿   ✿






 宵闇に包まれたウィラードの寝室。

 柔らかな布団の中で、エリスは身を丸めて小さく震えていた。


「やっぱり、昼間にあんなことがあったから眠れないよね」


 不意に囁くような小さな声が聞こえて、ビクッと大きく肩が跳ねる。

 もぞもぞと右側に寝返りを打てば、暗闇に慣れた瞳がウィラードの姿を捉えた。


 いつもはベッドに入ると、お互い端に寄って背中合わせで寝入っていた。

 ――けれど、今夜は違う。

 エリスはいつも通り左端に寄っていたが、ウィラードはベッドの真ん中で横になり、静かに彼女の様子を見守っていたのだ。


「こっちへおいで。眠たくなるまで何か話でもしよう」

「えっ。でも……」

「エリスが嫌がることはしないと国教神様に誓うから。だから、ね? 一人で怖がったりしないで、こんな時くらい私を頼って欲しいな」


 布団をめくったウィラードは、自分の隣をぽんぽんと軽く手のひらで叩く。


 正直、このお誘いはありがたかった。

 昼間に自分達を襲撃した暗殺者は、ジュダの追跡を振り切って姿を消したそうだ。蒼華騎士団が中心となり捜索を続けているが、未だに捕縛の報告はもたらされていない。


 蒼の宮殿は主の命が狙われたとあって、厳戒態勢が敷かれている。

 今だって、ジュダが鍛え上げた蒼華の騎士が夜警をしているが、それでもエリスは嫌な想像をしてしまうのだ。


 警備の隙を突いて、再び暗殺者達が現れるのではないか――と。


(同じベッドで眠ってる時点で、女性らしい慎みとか考えても無駄だよね)


 折角の好意を無碍にするのも失礼だ。

 一人で恐怖心と戦うのも限界だったので、エリスは素直にウィラードの隣へ移動する。


「手を貸してごらん。恐怖は身体を冷やすから、ちゃんと温めないと眠気も訪れないよ」


 返事をする前に両の手を取られ、男らしい大きな手に包まれた。


 恐怖に凍えていたのは心だけではなかったようだ。

 ウィラードの指摘通り肉体も冷え切っており、彼の手から分け与えられる温もりに、エリスは我知らずほうっと安堵の息を吐く。


「思った以上に冷えてしまっているね。……ごめん。こんなことなら、もっと早く声をかけていればよかった。半獣の体温は人間よりも高いから、湯たんぽ代わりになれるからね」


 そこでわずかに逡巡する間を置いて、ウィラードが「少し失礼するよ」と告げる。

 エリスが怪訝に思っていると、足にふさふさの尻尾が巻き付いてきた。


 足の先まで冷たくなっていたので、嬉しい心遣いだったが……どうしても〝例の件〟が気になってしまう。


「ウィラード様、色々とご配慮頂きありがとうございます。でも、尻尾に何か触れるのはくすぐったいんですよね? 私なんかのために無理はしないで下さい」

「自分の意思で動かす分には大丈夫だから、私のことは気にせず温まりなさい。それよりも、『私なんか』とは聞き捨てならないな。出会った時から感じていたけれど、エリスは自分を過小評価し過ぎているよ」

「そ、そんなことありませんよ。私が落ちこぼれの聖花術師(せいかじゅつし)なのは事実ですから。むしろ、私に対するウィラード様の評価が高過ぎると思うんですけど……」

「いいや、適正な評価だ。エリスは花祝(かしゅく)()に参加するだけの実力がある。本当に君が落ちこぼれだとしたら、そもそも教会から招待状は届いていないはずだろう。違うかい?」


 ぐずる幼子を諭すように問われ、エリスは「うぐっ」と言葉に詰まる。


 ウィラードの指摘はもっともに思えたが、それでも、感情の起伏で幻想花(げんそうか)を暴発させる花咲き体質は異端だ。

 普通の聖花術師なら、無意識に幻想花を咲かせることなどあり得ない。


 だから、落ちこぼれだと蔑まれ、出来損ないと罵倒され……最後は、不良品として捨てられた。


 遠い昔の色褪せた記憶が蘇り、心に残された傷痕が疼くように痛む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 安全なはずの所に暗殺者が居るのは内部に手引した奴がいる証拠
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ