表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/56

第五話 調合準備

 最初はどうなることかと思ったが、ようやく福音作りが始まった。

 ジュダとの打ち合わせは存外スムーズに進んだ。あっさりと福音のデザインが決まり、今は調合に必要な花を調達するため、マリオンが席を外している。


(なんだか、馬にでもなった気分……)


 監査役であるマリオンの目が届かなくなった今。エリスは部屋の隅に移動させられ、両足に頑丈な鉄製の枷を付けられていた。

 枷から伸びる太い鎖は、部屋の壁に埋め込まれた専用の金具に繋がれている。鎖は短いので脱走は不可能。調合台へにじり寄って、器具に小細工をするのも無理だ。


 不正を防ぐために必要な措置だと分かっているが、心情的には非常に複雑である。


(でも、手枷じゃないだけマシだよね。聖花術師(せいかじゅつし)は手が命だもん)


 重たい手枷なんか付けて、手首の筋でも痛めたら一大事だ。ピンセットを用いた繊細な作業を行うので、手の怪我は福音の完成度に直結すると言っても過言ではない。

 立ちっぱなしで待っているのは疲れるだろうからと、椅子に座らせてもらえたのもありがたかった。


(それはそうと、ジュダさんの依頼内容は意外だったかも)


 どのような福音を作りたいか話を詰めていくと、依頼人の本質が自ずと見えてくる。


 ジュダは想像以上に魔女を嫌忌していた。

 そもそも魔女は国教神に叛きし大罪人だ。故に、魔女を無条件で厭悪するのは、聖リュミエール王国の民であれば当然なのだが――……彼の場合、拒絶反応があまりにも過剰だった。


 ウィラードが呪われた此度の一件が、彼の魔女嫌いを加速させたのだろう。

 これまでエリスは、勝手にそう思い込んでいた。しかし、ジュダと真剣に言葉を交わすうちに、段々と彼の本音が伝わってきたのだ。




 彼は魔女を嫌っているが、それ以上に許せない相手がいる――と。




(希望された福音の効果は【癒し】だったよね)


 第一王子の盾となり剣ともなる蒼華騎士団。

 その団長を務めているからには、平民の自分には想像もできないような、様々な気苦労が絶えないのだろう。試しにジュダへ、ストレス発散の方法を尋ねてみたら、「そんな暇があれば部下に稽古をつけている」と即答された。


(精神的疲労どころか、肉体的疲労まで自主的に溜め込んでるなんて……そりゃあ、癒されたくなるのは当然だよ。明らかに働き過ぎだもん)


 仕事熱心なのも考え物だと、エリスが小さく溜め息を吐いた――その時。


「お・ま・た・せ。あたしが手ずから摘んだ、鮮度抜群な花を持ってきたわよぉ~」


 法衣の裾を優雅にひらめかせながらマリオンが戻ってきた。

 彼は手に持っていた花籠を調合台に置くと、すぐさまエリスの元へ向かう。椅子に腰掛けているエリスの前で跪くと、マリオンは懐から一本の鍵を取り出し、彼女の足を拘束している枷を手早く外した。


「早速で悪いんだけど、花の状態を確認してもらえるかしら? いくらあたしの審美眼が優れていても、あんたのイメージと違う色合いや大きさだったら困るでしょ?」

「分かりました!」


 椅子から立ち上がったエリスは、いそいそと調合台まで駆け寄って花籠の中を覗き込む。

 普段から花と触れ合う機会があるのだろうか? 一目見ただけで、マリオンの花の扱いが人並み以上だと察知する。籠への入れ方も実に丁寧で、摘み取ってからの劣化も見られない。実際に手に取って細部まで観察したが、どれも申し分ない品質の花ばかりだ。


「マリオンさん、どの花も問題ありません」

「そう、よかったわ。事前に説明したと思うけど、これはただの生花よ。成長段階から自分の神力を混ぜて育てた聖花(せいか)じゃないから、調合時は体調の変化も気に掛けるようにね。時間制限はないんだし、神力不足で具合が悪くなったら、倒れる前に休憩を取るのよ?」

「はい、ご忠告ありがとうございます」


 母親のようにあれこれ気に掛けてくれるマリオンに、我知らず笑みが零れた。

 出世のためだと明言しつつも、細やかな配慮をしてくれるのは素直に嬉しい。


(……ん?)


 ふと、廊下側の壁際から視線を感じた。

 何とはなしにそちらを見遣ると、壁に背を預けて佇んでいるウィラードと目が合う。


 マリオンが中庭で花を摘んでいる間、エリスが足枷で拘束されると知った際、彼は「嫌な思いをさせてすまない。少しの間、辛抱してくれ」と謝ってくれた。規則だから仕方がないと、知らん顔もできたはずなのに――どこまでも、清廉潔白を体現しているような人だ。

 そんなことを考えながらウィラードと見つめ合っていると、彼の唇が不意に動き出した。




『――頑張って――』




 それは、口の形から判断した音にならない言の葉。

 エリスが驚いて瞠目していると、目深にかぶったフードの奥で、ウィラードが柔和に微笑んだ。


(……私のこと、応援してくれてる……)


 はっきりとそう実感した途端、胸の奥がポッと温かくなった。

 ウィラードの側に黙って控えているジュダとも目線が交わる。彼は再び警戒状態に戻っていたが、こちらを見据える眼差しから刺々しさが消えていた。

 打ち合わせを通して、少しでも心を動かせたのかもしれない。


(色んな人が協力してくれて、ここまで辿り着いた)


 お仕着せの長袖をグイッと捲り、事前に用意しておいた調合器具を手元に寄せる。

 魔女の汚名を雪ぐためだけじゃない。自分の無実を信じて疑わないウィラードや、あれやこれやと世話を焼いてくれるマリオン。何より、依頼人になってくれたジュダの願いを叶えるためにも――必ず、最高の福音を作らなければ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ