序章 魔女の独房と冤罪の少女
絵本に登場するヒロインがうらやましい――と、エリスは心の底から思った。
彼女達は王子様と運命的な出会いを果たし、決まって幸せな未来を手にするのだから。
「……私だって、お城で王子様と会ったのに……」
無力感に覆われた小さな呟きがぽつりと落ちる。
四方八方、見渡す限りを冷たい石壁で囲まれた狭い空間。天井付近に開けられた換気口と思しき小さな穴には、外部から鉄格子がはめ込まれている。
部屋の出入り口である扉も、機能性など度外視した頑丈さが売りの鉄扉だ。
「現実は無常だわ! 夢も希望もあったもんじゃない!」
頭を掻きむしって盛大に喚いてみたが、くわんと石壁に反響するだけで、ほんの少しだけ期待していた注意の一つも飛んできやしない。
……完全なる独りぼっちだ……。
「悪いことなんて何もしてないのに……むしろ、全力でお祝いしたはずなのに……」
唇を尖らせてぼやいていると、目の前が水彩画のようにじわりと滲む。
涙腺の決壊も時間の問題かと思いきや――換気口から吹き込んだ寒風の直撃をくらい、思いっきりくしゃみが出てしまう。その拍子に溢れかけていた涙は引っ込み、代わりに惨めったらしく鼻をすすった。
身震いしながらもぞもぞと膝を抱え、貴重な体温を逃すものかと背中を丸める。
「まったく。風邪引いたらどうするのよ……って。もう、そんな心配される立場じゃないか」
ずしん――と。
自分で口にした言葉が心に重くのしかかった。
きつく抱え込んだ膝にくしゃりと歪んだ顔を押しつけ、エリスは喉が張り裂けんばかりに吼える。
「あ~~、もうッ! 私が一体何したって言うのよおぉぉぉ――ッ!」
ここは教会の数ある牢の中で、最も堅固な独房。
大罪を犯した【魔女】が断罪の時を待つ、あの世とこの世の境の間であった。