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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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道化のガイダンス①

 つかぬことを言おう! 歯切れの良い爪切りは皮肉屋として動かしがちである。口に含んだ爪の数に応じて、私を貶める陰湿な言葉を吐き出すのだ。これは、自己を省みる人間の妄想めいた話の入り口ではないことを明言しておく。何故なら、実際に爪切りは「待ってました!」と言わんばかりに語り掛けてくるのだから。


「爪を整えてどうする。見られもしないのに」


 哀れみの限りを尽くした湿っぽい口頭は、きっと私の手元を狂わせる為に吐かれた。そんな爪切りの邪な企てに私はより一層、リズムを刻むように親指から小指にかけて爪を整えていく。


「な、ろうが。して」


 爪切りの呂律は狂いに狂ったが、窘められて当然の手荒さとなり、私は手痛いしっぺ返しをもらう。


「酷い味だ」


 爪切りはご大層に私の血について正味を語り、嫌悪感を吐き捨てるような語気にしたためた。私がいなければ埃を被るだけの爪切りは、自分の立場を弁えずにひたすら皮肉を重ねてくる。


「お前さんは爪の伸びが早いな。女のように」


 馬齢を重ねただけの言葉に重みがない薄っぺらな調子には溜息ばかり吐かされる。


「痩せ細った爪だ。真ん中に線の入った」


 爪切りは私との比較対処に女の手先を語ってみせる。まるでそれは、酒精を振り撒き昔取った杵柄を語る中年男の聞くに耐えない居酒屋話だ。私は直ちに唾棄し、黙らせても良かったが、ふと思案してしまう。ヒトは、様々な死に方ができる。その中から選ぶとするなら、ホモサピエンスの面汚しと揶揄されようが、私は断固、腹上死を支持する。もし、親類縁者にそのような死因で浮世と死別を遂げる者がいれば、哀惜の念を込めて拍手で送り出すであろう。申し遅れたが、私は筋金入りの手淫の使い手である。淑女の手練手管で快楽の果てに血液の濁流を催しても良かったが、貞操を守る清廉な女性のぎこちない愛撫の末に逝くのもいい。私は今夜、生物的本能に基づく「性欲」の発散に託けて生殖行為に臨む。


 特別なことはない。夜風が吹く歓楽街に繰り出して、今まで目もくれなかった猥雑な名前を掲げる看板をしらみ潰しに見ていく。そこで遅まきながら気づくのである。長らく鎖国状態にあった日本国へ上陸してきた数多の文化や思想、数えきれない伝来の中にある、冬の代名詞。「クリスマス」に華やぐ町の景色は電飾に音楽と、半ば手を引くように押し付けてくる。工場とアパートを往復する毎日に、季節毎に設けられた人間のガス抜きから、すっかり遠ざかっていたことを自覚した。浮ついた人間共の足取りは、通りすがる私の肩の所在すら目に入らぬようだ。


「すみませーん」


 もはや謝ることすら楽しんでいる節がある集団に怒気を浴びせれば、忽ち気色ばんで「暴力」の栄養を得ようとしてくるはずだ。私は肥料に甘んじて、警察を頼る苦労を味わいたくはない。

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