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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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隣人③

 五年という歳月を経た現在、警察から新たに情報は発信されていない。私はあの一連の出来事を洗いざらい見直し、ある推論を出した。魅惑的な背景など要らない。そこにあるのは物凄く狭義な、或いは稚拙な行動理念である。


 焦点の当て方によって、抱く印象や人物の配置、証言は様変わりし、各々が件の出来事をどう捉えているかで出す答えは違ってくる。仮に、「真実」の探求を試みるならば、主観的な趣向を全て排し、事実だけを追って概要を組み立てるべきだ。その始まりとして私は、爆発の被害を受けた作業員に取材を申し込む。


 つらい思い出を回顧させるのは心苦しかったが、二つ返事で了承され、私は今晩、約束の場所へ向かっている最中である。報道という名目のもと、被害男性の経歴を文字に起こす無節操な筆者のお陰で、勤めていたガス会社を退社するまでの過去を知ることができた。名前は兵藤直人。現在の年齢は三十二歳である。小中高と問題らしい問題を起こす事なく過ごし、高校卒業後は当のガス会社に入社する。しかし、あの爆発が岐路となり、人生は様変わりしたといって過言ではない。


 時刻は夜の八時、いつ人が横から飛び出すか分からない狭い住宅路。ヘッドライトを持ち上げて、先々まで照らす。乗り慣れていない夫の車を借りたせいもあって、住所だけを頼りにそこを走るのは難儀した。牛歩の如く車を走らせながら、無数の脇道をしらみ潰しに覗き見ている。どこかのタイミングで右に折れれば、約束の場所へ着くはずだ。


「……ここだ」


 今、道筋がはっきりと見えた。ハンドルを性急に右へ切り、切れかかった街灯の下で車を停止させる。道路は普通自動車がすれ違うには苦心する広さで、出来る限り家垣に近付いて通行の邪魔にならないように配慮した。扁平足な住宅街でひときわ古めかしく、背の低いアパートが一軒ある。私はそれを横目に携帯電話を操作する。そして、呼び出し音を鳴らした。


「こんばんは、兵藤さん。神野です」


 取材を申し込んだ立場にある私は、猫撫で声にも似た甲高い声を拵えて、兵藤の機嫌に阿る。


「あぁ、神野さん。こんばんは」


 磨りガラス越しに発せられたかのような、低く、くぐもったような声の持ち主である兵藤に対して、耳を殊更に傾けてなるべく雑音から遠ざかることが求められた。それは幸い、車内ということも手伝って、聞き返すような億劫さを味あわずに済んだ。


「今、アパートの目の前に居るんですけど、ここで合ってますかね?」


 尻で間欠泉を塞いでいたかのように酷く慌てた物音が耳に飛び込んできて、私は怪訝なる目付きの鋭さを携帯電話に向けた。雑音で肝を潰される不快感から距離を取り、私は注視と共に耳をそばだてる。


「合ってますよ」

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