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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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罠男と丙午①

 その一投は、目一杯腕を回して投げたというより、狙いを付けた場所へ正確に転がることを願った精緻な手首の捻り方だった。投擲物にどんぐりが選ばれたこともあって、不規則な跳梁を数回繰り返しつつ、すぐに白線の上で止まる。明日から週が明けて憂鬱な月曜を迎える前の住宅街は、せっかちな気性に排気ガスがせっせと吐かれる。そうなると、法定速度は超えて当たり前だし、「止まれ」と書かれた白線の上を当たり前に黙殺した。どんぐりはそんな無法者たちをヒヤリとさせたはずだ。粉々に散逸したどんぐりに後ろ髪を引かれた黒い軽自動車がアクセルからブレーキに足を移してサイドミラーを覗き込む動作が想像に難くない。事もなく投げたはずのどんぐりが及ぼした影響を目の当たりにし、彼はまことに感銘を受けた。


 小回りの利く原付バイクで街乗りをする便利さは、渋滞を回避し細い道に入っていく姿を見ているだけで判る。その取り回しの良さから、とりわけ若者に好まれる自動車であり、マナーは押して知るべし。歩道を車道のように扱うのも不思議ではなかった。こういう輩は、痛い目を見て初めて後悔という単語を使い始め、恐らく一回だけでは懲りないだろう。


 罠は時代を経て、危害を事前に退ける予防策として、邪な連中の意欲を削ぐように特化した。それは庭に敷かれた音の鳴る石だったり、個人が所有する監視カメラなどに類するものである。彼はその点でいうと、古典的な罠の使い方をしていると思う。歩道を走り抜ける一台の原付バイクに痛い目に遭ってもらうために、ワイヤーを張って待ち構えているのだから。


 網に掛かった虫のように身体が浮遊し、自立する原付バイクは歩道の柵に座礁する。振り落とされた運転手は無防備な格好でアスファルトの地面に叩きつけられ、ヘルメットの鈍い音が辺りに響き渡った。虫が翻ったかのように手足をバタバタと動かす様に、作り込まれた映像作品とは一線を画すリアリティに背中が粟立つ。致命傷で身動ぎ一つしなくなるより、手痛い負傷に蠢く方が思わず目を覆いたくなるのは共感性の問題だろう。それにしても、彼の思惑通りに運転手は宙を舞ったが、ヘルメットの下が白髪を蓄えた中年の警備員であったことは想定外か?


 地元の新聞やニュースは一斉に伝える。被害男性の素性と、事件の経緯ないし手口について。そしてその犯人像を極めて稚気な愉快犯として仕立てる。だが彼は、世に訴えるべき主義主張を標榜する思想犯とは毛色が違い、個人的な義憤に座持ちを気に掛ける様子はなかった。


「おまえ、この夏場に手袋なんて……。見てるだけで暑くなってくるな」


 確かにこの日、氷菓子が一分と満たぬうちに溶け始めて、持ち手を汚すほどの温度であった。それでも彼は、日頃から着けている黒い手袋を外そうとはしない。


「物が直接、指に触れると気持ち悪いんだよ」


 好悪を裁量に身に付ける物を決める彼の風体は、往々にして奇異な視線を向けられがちだ。その気難しさ故に、友好な人間関係を築くとなると、彼の性格を汲んだ寛容な気質の持ち主に限られた。

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