自己紹介から始めましょう。*3
「説明、したいのは山々だがな」
ちょいちょいと窓を指差すカインハルザにつられ窓を見ると外はすでに夜の帳が下りていた。
「?!いつの間に…!」
急いで時計を見ると夜の8時になろうかというところだった。
「ごめんなさい!私が喋るのが遅いから長時間拘束して──」
「イリス。」
「は、はい?」
…少し、不機嫌な様子のカインハルザ。
「今後、敬語は禁止だ。」
「え?は?いやでも─」
不敬にあたるのでは、と言いかけたが彼の人差し指で唇を押さえられ続かなかった。
「俺たちはすでに“夫婦”で、これからは“恋人”だ。だから敬語など使うな。」
私は目を瞬いたが─まあ、彼がそう言うならそれでいいか、と深く考えないことにした。(堅苦しい令嬢言葉?みたいなのも嫌だったしね。)
「わかったか?」
と聞いてくるのでこくこくと首を縦に振れば唇が解放された。
「…案外素直に聞くんだな。」
「…だって私は平民だもの。皇后なんて大層立派な器に入っているけど所詮、庶民よ。」
堅苦しいのは嫌い、と言えばカインハルザはキョトンとした顔をした後ブハッと笑い出した。
「……なによ。」
「くくく…どこからどう見ても深窓の令嬢なのにその言い草がおかしくて…悪い」
と頭をさらりと撫でられた。
「だけど、そんなイリスが好きだな。」
……美男子はズルいですね。笑顔が眩しいです!
「何か食べるものを用意させる。腹が減った…」
とカインハルザが部屋に置いてあるベルを鳴らすと「お呼びでしょうか」と侍女が現れカインハルザから御用を聞いていた。
その様子を見ながら私はベッドからそっと降りてみた。…歩けるのかわからなかったからだ。
(ただお喋りするだけであんなに息切れするとかこれは…思っていた以上に弱い…)
よいしょと立とうとしたのだが…
──これは、初めて立ったときのク○ラ状態…!(泣)
立つので精一杯…関節が固まっている感じではないけど、圧倒的に筋肉が足りていない。
元々の弱さもあるのだろう。まるで数ヶ月入院していた人みたいだ。
一歩、踏み出してみたが─そのまま前に倒れてしまった。
(わっ、これ絶対腕で身体支えられない──)
と顔面を打つ覚悟をしたのだが、がしっと抱きとめられた。
「…なにやってるんだ。」
…呆れ顔のカインハルザが抱きとめてくれていた。
「……歩けるのかわからなかったから。ごめんなさい…」
はあ、とため息をつかれてしまい居たたまれなくなる。
「アイリスは車椅子で移動していた。…まあ、移動自体ほとんどしていなかったがな。」
「………」
私は絶句してしまった。どうしてそんなことに──
「……カレン、がひどく甘やかしていたみたいだった。」
“カレン”──噂の侍女か。
「…そういえばカレンは?」
私を抱き上げソファへと移動させるカインハルザに投げかける。
「それがだな、軽く調べたところ昨日突然『家族に不幸があり家業を手伝わなくてはならないので』と辞めている。」
と答えながら私の隣に座る彼。
「…それは、なんだかとても、キナ臭い。」
「急いで調査の人間をカレンの出身地にやっている。今はそれの結果待ちだな。」
「なるほど……って何やってるの?」
カインハルザは真面目に答えながら私をソファに横向きに座らせ足を触っている…というか解している?
「関節は固まってないようだな。筋肉がほぼないに等しいのかこれは…」
と理学療法士さんのような触り方をしている。
「そうみたい。…早く体力つけなきゃ。これじゃ普通の生活すら出来ないわ。」
少し、くすぐったいが我慢してマッサージを受けていたが
「──まだ跡が残ってるな」
とニヤリとするのでなんだろう?と思い見ると──内太ももの際どい場所を指していた。
「!!」
急いで離れようとしたが、がっちり掴まれ動けない。
「はーなーしーてー」
「今更恥ずかしがるなよ。イリスの隅々まで知ってるのに。」
「今は、明るいから恥ずかしい!」
ムムムム、と睨むもどこ吹く風だ。
離せーとジタバタしてみたがびくともしない。
「……ふふふ」
突然笑い声がしたので驚いて見やると侍女さんがカートを引いて立っていた。
「あっ、どっ、あう…」
「陛下、いつの間にそんなに仲良くなられたのですか?」
と言いながらテキパキとテーブルに食事の準備をしている。
「君はマクヴェイ男爵のところのローズ嬢だったな?」
「はい、そうでございますが…」
「イリスの専属侍女に指名する。」
「えっ?妃殿下の…ですか?」
突然の展開に私も彼女も驚いている。
「手続きはこちらでやっておくから今日からイリスに付いてくれ。」
「……はい。」
「ま、待ってカイ。…いくら仕事とはいえ、急なのはどうかと……」
…アイリスがこの城で“あまりよく思われていない”ことはこれまでの短時間でわかる。
「……ローズ嬢は、まだこの城に来てからそんなに経っていない。それにアイリスとは接したことがなかったはずだ。」
“アイリス”と彼は確かに言った。…あまり偏見なく接してくれるのを期待している、ということだろうか…?
「妃殿下、私は貴女様にお仕えできるの嬉しく思いますよ。」
「え?」
「…侍女たちの間で言われているような方ではないようですし。」
あ、やっぱり評判よくないんだ──
「…それから、ソフィー嬢…だったか。クーパー男爵のところの」
「はい、おりますが。」
「彼女も、イリスの専属にする。話しがあるから呼んでくれるか。」
「かしこまりました。」
とローズさんは一旦下がって行った。
「…カイ」
「大丈夫。ローズとソフィーは聡い娘たちだ。…だからイリスの『真実』を聞いても平気だ。」
…どうやらその2人には本当のことを話す、ということらしい。
カインハルザだけではフォローしきれない部分というのは沢山ある。
そのために彼が選んだ人間には真実を話し、補佐して貰おうということだ。
「とりあえず食べよう。特にイリスは食べるのが遅いから君は喋らなくていい。食べることに集中しろ。」
「うん。…戴きます。」
と手を合わせて食べ始めたのだが
「…その『いただきます』はニホンの慣習なのか?」
「ん…うん。─『食材になった命、食材を作った人、料理をしてくれた人、食事の準備をしてくれた人に感謝』するものよ。」
「へぇ……」
とカインハルザは納得し、彼も私を真似て
「─いただきます。」と食べ始めた。
─その様子が、すごく嬉しかった。
嬉しくてにこにことカインハルザを見ていたら
「……なんだよ」
と顔を赤くするので嬉しくて、とだけ伝えて私は食事に集中することにした。
暫くするとローズさんがもう1人、女性を連れてきた。…彼女がソフィーさんか。
「お待たせいたしました。」
「ああ。…君がソフィー嬢か。ローズ嬢と2人でイリスをよろしく頼む。」
とカインハルザが私を指し示す。
「かしこまりました〜」「っ ソフィー!」
とふわふわ答えたソフィーをローズが窘めている。
「申し訳ありません。まだ入って間もないものですから…」
「…ソフィー。君は、とても優秀だと聞いているが?」
とカインハルザが何やら含みを持たせた言い方をしている…なんだろう?と思ったら
「……陛下には通じませんかー。残念。」
とソフィーは顔つきが変わった。
……少し、“怖い”と思ってしまった。ソフィーはゆるふわな『演技』をしていたのだ。
私は(当たり前だが)まだ宮殿内での人間関係やら貴族社会の機微がわからない。
だからそんな『演技』をするソフィーが怖くなったのだ。
「……ソフィー、貴女のせいで妃殿下が怯えてしまわれたではないですか。」
「あっ…申し訳ありません…」
…私は無意識にカインハルザの服の裾を掴んでいた。
それは彼に手を取られ「大丈夫だから。安心しろ」と言われるまで気付いていなかった。
「──明日、再度詳しく説明するが今から話すことは極秘事項だ。」
「はい。」「はいっ」
とローズとソフィーは姿勢を正す。
「実は──」
立った…クラ○が立った…!!