自己紹介から始めましょう。*2
し…ん、と沈黙が落ちる。
「せっ…正確には、この身体はアイリス本人のものですが、精神と言いますか魂と言いますか…中身…?が、違います……」
あたふたと身振り手振りしながら説明したのだが…
ちらりとカインハルザを窺うと彼はいつの間にか目を瞑り、私の言葉を一言一句聞き逃すまいとでもいうような姿勢になっていた。
よし、と再度気合いを入れ私は続きを話す。
「わ…私は、この世界の人間ではありません。」
「…っ?!」
さすがの情報に目を見開くカインハルザに少し身が竦んだが
「…すまない、続けて。」
とまた目を瞑るので、話しを続けた。
──まずアイリスがどうなったかを話した。
…“カレン”という侍女の名前に反応を示したが“アイリスの死”については…私なんかには吐露出来ないのか静かだった。
それから私は、『日本』という遠い、ここではない別の国から来たこと。
死んでしまい魂となったが手違いかもしくは誰かの意思が介入してか…アイリスの身体に宿ってしまったこと…
あとはルナマール様とアイリス本人と天界で話したこと……
それら全てを包み隠さずカインハルザに話した。
(……っ アイリスの身体、思った以上に弱い…長く喋るだけで…こんなに疲れるなんて……)
と私は少し、肩で息をしていた。
弱い・脆いとは聞いていたが、お喋りを続けるだけで酸欠になっている。
(休み休み喋っていたつもりだけど…)
はぁはぁと目を瞑って息を整えていたのだがふっ、と急に息苦しさが和らいだ。
「─大丈夫か?」
と声をかけられ目を開けると、カインハルザが私の背中に手を当ててくれていた。
「あ……だ、大丈夫です……陛下が手当てして下さっているからでしょうか。急に楽になりました。」
と笑顔を見せれば心配そうだった彼の表情が明るくなる。
カインハルザは私が落ち着いたのを見て、お茶を淹れてくれた。
「砂糖はいるか?」
「いえ、そのままでいいです。ありがとう御座います。」
紅茶のいい香りでほっ、と気持ちが和らぐ。
「──昨晩から、君のことは『アイリスだがアイリスではない』と思っていたところだったから、話を聞いて色々腑に落ちた。」
「…え?」
「まず、アイリスは俺を見ると少し怯える。」
「あら……」
「昨晩君に浮かんだ表情は驚きだった。」
カインハルザはぐいっとお茶を飲み干しカップをサイドボードに置いた。
「…なにより、君は俺に身体を預けてくれた。」
昨晩のことを一気に思い出し、顔が赤くなるのが自分でもわかる。
「はぅ…えっと……あの………」
──『夢』だと思っていたから、少し…大胆なことをしていたのだ。…内容は割愛するけど。
「まあ、アイリスではないが確かにアイリスだな、と。…その容姿は唯一無二のものだからな。」
「…ルナマール様にそっくりでした。」
うんうん、と頷くカインハルザ。
「俺は…アイリスが苦手だった。この婚姻の意味は彼女も理解していたが出来れば仲良くありたかった。…恋人と引き離してしまったのはすまないと思うが…妃にした以上、苦労はさせないようにとしてきたつもりだった。」
だが彼女は違ったんだな、とフッと自嘲気味に笑うカインハルザになぜか胸がチクリと傷んだ。
「アイリスはいつ見ても暗い顔をしていた。その…恋人の件の知らせのあとからは少しずつ接するようになったが、楽しそうではなかった。」
天界でお喋りしたときは笑顔の可愛らしい元気ないい子だった。
家族や恋人と静かに暮らしていたのに神託とはいえ、突然引き離され見知らぬ男性の妻となったのだ。
ましてや、まだ10代の女の子。『義務だから』と割り切った様子だったけど実際はかなり辛かったのだろう…
「だが、君は違う。」
カインハルザはベッドサイドに座り直し
「自分でもどうかと思うのだが、君に会ってから惹かれ続けているのが正直なところだ。」
と私の髪を一房掴み、そこに口付けをした。
「……へ?」
「君に興味が…いや、好きになりつつある。」
「まだ…会ったばかりなのに…?」
「そう。…恋に落ちるのに時間は関係ない、なんて言うが本当だな。」
と私の頬を撫でる。
──きっと今の私は茹でダコのようだろう。
だけど、彼から目が離せない。
…わざと直視しないようにしていたのに。
(会話中は会話に集中するからあまり気にならないけど…)
今だと、平常心が保てない──
「─その様子なら、脈アリと受け取るが?」
「!!」
私はとてつもなく恥ずかしくなって、バッと両手で顔を覆った。
「〜〜〜っ」
「アイリス……あぁ、いや…そうだな……君は“イリス”と呼ぼう。…アイリスと区別するために。」
とそっと、両手を剥がされる。
「イリス。」
「へ、いか……」
「やり直し。」
「えっ」
(あ、これよくあるやつや。)と変に冷静な私がいた。
「…カインハルザ様」
「ダメ。」
少しムッとなる。…愛称か?
「カイン様?」「うーん…違うな……」
「じゃあもうカイでいいじゃん。」
と口に出してから『ヤバい!』と思うも時既に遅し…
ちらっとカインハルザを見るとかなり驚いた顔をしているのが目に入った。
「ご、ごめんなさい不敬で「いや、いい。それがいい!」
と彼は子供のようにはしゃぎだした。
「イリス!」「は、はい。」
「俺と結婚してくれ!」
「もうしとるやろがーい!」
思わずツッコんでしまってあわてて口を手で塞ぐが
「そうだったな!」
とカインハルザはゲラゲラと笑っている。
ひとしきり笑ってからスッと真面目な顔になる彼にドキッとする。
「…イリス、これからも俺の傍にいてくれ。」
と手の甲に口付けをされる。
「…こ、ちらこそよろしくお願いします…」
フッと彼が笑ったかと思うと、ぐいっと抱き寄せられキスをされた。
(?!!?!?)
そのままカインハルザの舌が侵入してきたのだが、なにか様子がおかしい。
ものすごく甘いのだ。
甘く、蕩けるような何かが全身へ行き渡っていく。
(あ、まい……なにこれ……頭が痺れる……)
どれくらい唇を重ねていたかわからないがようやく解放されるも、私はあまりの衝撃でそのままカインハルザに縋り付いた。
「─イリスの身体を強化しようと【マナ】を渡したのだが…大丈夫か?」
「マ、ナ…?」
「そうだ。他の地域では魔力と呼ぶところもあるらしいが…」
…なるほど。RPGで言うところのMP…
「……あじ、があるのですか?マナは」
「味?…いや、聞いたことはないが…」
んんん?でも確かに……
「どんな味がしたんだ?」
「…蜂蜜を指で掬って舐めたような、濃くて甘い……」
「…へぇ」
──えっ、まって近い近い。
「──もう一度、するか?」
「お断りします!!!」
…全力で拒否してしまった。
「いやっ、あの…嫌とかじゃなくてですね…っ お酒に酔ったときのようと言いますか…ふらふらするんです……!」
だからそんな悲しそうな顔をしないで!との思いが通じたのか
「…そうか。…ふむ、多すぎたか?」
となにやら真剣な顔でブツブツ言っている。
「カ、カイ…?」
「よし、1回量は減らして回数を増やすか。」
「待って!理屈を説明して下さい!」
なぜかすごく嬉しそうにしているところに水を差すのは気が引けるけど、マナを渡すとかどうとかの話がまずは聞きたい。