自己紹介から始めましょう。
今日は124年ぶりの2月2日の節分だそうですね。
読者の皆様のもとに福が訪れますように。
じわじわと、肉体に感覚が戻っていく。
どうやら布団に寝かされているようだ…
(…昨晩のあのベッドかな?)
瞼はまだ、重たい…
…?
なんだか、左手が温かい…
誰かが握ってくれている…?
「……アイリス…」
ごく、小さな呟きだったけれど私の耳には確かに届いた。
今にも泣きそうな少し震えた声──
(私は、大丈夫…)とゆっくりと左手に力を込める……
「っ!アイリスっ」
まだ少し重たい瞼を持ち上げれば、泣き出しそうな顔の
「──へ、いか…」
カインハルザ・ルナシェイド皇帝陛下──。
「アイリス!!」
と彼は私に抱きつきそうになったが
「はいはーい、まだ妃殿下は目覚めたばかりですから自重して下さいねー」
と別の美男子から引き離される。
「ディー!邪魔をするな!」
「だめです。医師の診察が先です。」
と首根っこを掴まれているのが仔猫のようでとても可愛らしくて
「ふふふ……」
とつい、笑いが漏れてしまった。
あわてて口を抑えるも、注目を集めてしまって恥ずかしくなる。
「…アイリスに笑われたじゃないか。」
お前のせいだぞ、と膨れるカインハルザを横目に侍女さんが寄ってきたので手伝ってもらいながらベッドの上で上半身を起こす。
「どうぞ。」
と差し出されたコップの水をゆっくり飲み干しようやく、ふう、と深く呼吸をした。
「では、妃殿下少々失礼致します。」
と恭しく私の手を取り、脈を計ったり、聴診器を当てたり…として下さっているのは…女医さんだ。
(女医、がいるんだ…聴診器もよく見る形だし、案外文明度が高いのかもしれない。)
「──はい、ありがとう御座いました。特に異常はみられませんので、大丈夫でしょうがあまり無理はなさらないで下さいね。」
「ありがとう御座いました。」
と私は女医さんにぺこりと挨拶をする。
「では何かありましたらまたいつでも。」
と彼女はにこやかに部屋を出ていった。
「──あの、ご心配をお掛けしまして申し訳ありません。」
「いや、気にするな。…私のせいだ。君に、無理をさせたから─」
…どうやらカインハルザは自分のせいで私が意識を失ったと思っているようだ。
私はちょいちょい、とカインハルザを近寄らせ忘れないうちにさっさと本題を告げることにした。
「…2人きりで、他の誰にも聞かれたくない話しがあるのですがお時間頂けますか?」
と彼の耳元で告げれば一瞬、怪訝そうな顔をするも
「…わかった。時間を作ってくるから少し待っていてくれ。」
「はい。…お待ちしております。」
カインハルザはうむ、と頷き
「ディー、執務室へ」
「はっ」
と連れ立って部屋を出ていった。
姿を見送った途端、ぐぅーと私のお腹が空腹を知らせてきた。
「あう…」
すごく恥ずかしかったが
「こちらをどうぞ。」
と侍女さんが小さなサンドイッチの載ったお盆を差し出してきた。
「! ありがとう御座います!…と、テーブルに移動します─」
「そのままでよろしいですよ。」
「でも汚したら…」
「お気になさらないで下さい。汚しても洗えば済みますから。」
と笑顔で告げられ、歩けるかどうかもわからなかったのでその言葉に甘える事にした。
「じゃ、じゃあ…このまま失礼して…戴きます。」
一口、ぱくりと食べると普通に美味しかった。
消化に良いように、とよく噛んでいたのだがどうも…すごく、見つめられている…気がする……
部屋には隅に侍女2名、入口に女性騎士1名が待機しているのだけど…すごく、見られている。
皇后という立場上、見られることも仕事か…と諦めて食事を続けた。
(※実際は妖精のような見た目のアイリスが、小動物がエサを齧るようなあまりにも可愛らしい様子でサンドイッチを食べる姿に全員釘付けになっていただけ。)
用意して貰ったサンドイッチ2/3程を食べ終えたところで、カインハルザが戻ってきた。
「戻ったぞ…と食事中だったか、すまない。」
「いえ。」
お盆を下げて貰おうかと思ったのだが
「ああ、君は食べていて構わない。ただでさえ細いのだから食べられるなら食べろ。」
と言いながら侍女や騎士たちを部屋から下がらせた。
「えっ、と……」
「ん?ああ、俺も一息入れるから食べられるなら食べてくれ。」
とカインハルザは自分が飲むのかお茶を用意し始めた。
「…そういうのは侍女、がやるのでは?」
「んー…執務中はほとんど自分で淹れる。好きなタイミングで飲めるからな。あと……」
淹れたばかりのお茶が入ったカップを片手にベッドサイドの椅子に腰掛け
「…あと、“行儀が悪い”と怒られない。」
とウィンクをする彼に心臓が跳ねる。
「なる…ほど……」
これだから美男子は…!と残りの食事に集中する。
──もくもくとよく噛んで食べていたのだが…
…やはり、見られている…
ちらっと様子を窺ったがあっという間に飲み終わったカップを片手にこちらを見つめてきている。
そんなに見つめられると食べづらい…
「……あの」「可愛い」
「は?」
「あ、いやなんでもない!」
ゴホゴホとわざとらしい咳払いで誤魔化されてしまった。
「─で?なんだ?」
「あ……そんなに、見られると恥ずかしいです。…さっきもみんな見つめてきてて─」
「それは君が可愛…いやなんでもない。…食の細かった君がよく食べているから嬉しかったんじゃないか?」
「…?」
「あー…えーっと…すまない。」
とサイドボードから本を取り出し読み始めた。
(─あまりにも“アイリス”との関わりが少なかったから距離感がわからないのかな?でも……)
─きちんと相手を思って気遣いの出来る優しい方だな。
そう、感じた。
“アイリス”の身体は口が小さくて、一度にたくさん食べられないので思った以上に時間がかかってしまった。
胃に負担を掛けないようにとよく噛んでいたのも原因だが…
「──ご馳走様でした。」
「珍しくよく食べたな。」
とカインハルザは嬉しそうに言いながら食器を片付けている。
「え、あ!…すいません、ありがとう御座います…」
「俺がやりたくてやっているのだから謝る必要はないぞ。─俺のやることに文句をつけられる奴はいないしな。」
…一瞬ぽかんとしてしまったが、そうだったこの人は『皇帝陛下』─この国の最高責任者なのだ。
「……ふふふ」
「…やっぱり、おかしいか?」
「あっ、いえ…庶民派なのですね。素敵だと思います。」
少し、バツが悪そうに頬を掻いているカインハルザに肯定の意を伝える。
「…ありがとう。」
と微笑む美男子は心臓に悪いですね──
「それで、話とは?」
「あっ、わざわざお時間戴いたのにお待たせしてしまって申し訳ありません。」
「いや、それは気にするな。」
「ありがとう御座います。」
……話そう、としたのだが…やはり『怖い』という感情がなかなか私の口を開かせないでいた。
下手をすると“皇帝を謀っている”と即座に切り捨てられてもおかしくない。
深呼吸を繰り返す私をただ黙って、待ってくれているカインハルザに『いい人なんだろうな。だからきっと大丈夫』と自分に言い聞かせ、ようやく口を開く。
「……今から、私がする話しは、とても突拍子もなくて、信じられないかもしれませんが…あと時間もかかると思うのですが…でも大事な話しなので最後まで聞いて下さい。」
カインハルザと目を合わせると、怪訝そうな顔をした後
「──わかった。」
と真剣な眼差しで頷いてくれた。
その様子に少し安堵し、私は語り始める。
「──始めに。…私はアイリスではありません。」
「…っ?!」
目を見開き困惑の混ざった表情のカインハルザだが、私はなぜだかわからないけど、“目をそらしてはいけない”と思い彼から視線を外さないでいた。