物語の始まりはいつも唐突。*2
でも。それなら──
「──なら、私がここにくる理由が」
ない。私、久遠寺満月は“過労死したただの日本人主婦”だ。
「そうなんです。本来なら貴女とアイリスが交わる事はないのです……」
と困り眉のルナマール様。
「元々、アイリスを蘇らせる予定でした。」
身体に異常はないしそのまま魂を肉体に戻すだけ──そのはずだったのだが…
「アイリスを戻そうとした瞬間貴女が割り込んできたのです。」
「?!!!??」
私の魂、何やらかしてくれちゃってんだ?!
「そっ、それは申し訳ないことを─」
「貴女のせいではないです。…本当に。」
「えっ、でも…」「本当に。」
…2回も言われてしまったから、本当に私がやらかしたわけではないのだろう。
「…誰かが貴女の魂を割り込ませたのです。」
─私は目を見開く。
だって、それは、きっと……神様にしか出来ない事で──
「気付いたときにはもう、貴女の魂はアイリスの身体に馴染んでいました。…本当にごめんなさい。」
と深々と頭を下げるルナマール様。
「いやっ、ルナマール様のせいではないですしむしろ私のせいで?と言うか…っ」
「いいえ、貴女は本当にこれっぽっちも悪くないのです。比較的、平和が続いていたものだから…私も気を抜いてしまっていたのでしょう。」
と目を伏せる女神様。
「…私以外にも神がいます。五大陸にそれぞれ一柱ずつ。…基本的には不干渉なのですが、中には争いを好むものもいます。」
つまり、そいつが…とルナマール様を見つめると
「確証はないのです。…意図があるのか気まぐれなのかもわかりません。」
と頭を横に振る女神様。
「──それで、“アイリスさんが生きていなくてはならない”理由は?」
誰がどんな意味で私の魂をこちらに連れてきたかはこの際横に置いておこう。
そう、わざわざ彼女を生き返らせようとしたのだ。その意味するところは──
「察しがよくて、助かります。…アイリスは【神の娘】です。正確には先祖返りなのですが─」
アイリスの一族はルナマール様がまだ地上にいた頃の直系血族なのだそうだ。
そしてルナマール様が管理する大陸の楔。
彼女の一族が存在するから今は天界にいるルナマール様の力が大地に伝わり大陸が安定している、らしい。
だがその血を大切にしすぎたが故にいつの頃からか近親婚を繰り返してしまった─
その結果、逆に楔が脆くなった。
「あ、だからお二人はそっくりなんですね。」
アイリスはストレートの銀髪に大きな金の瞳。顔立ちは少し幼くしたルナマール様だが耳は普通の形。
「はい。一族でもここまで強くルナマール様のお姿に近いのは私くらいです。」
にこりと美人2人が微笑み合うのはとても絵になる。……間に挟まっているのが私でなけりゃいいのに。
「そして、ルナシェイドの現皇帝…は私が愛した方と同じ魂の持ち主なのです。」
…ということは。
「うーんと…あれですか?『もう一度、縁を結んで楔を強化する』的な?」
「! そうっ!そうなんです!」
ときゃっきゃとものすごく喜んだ様子のルナマール様に
「ミツキ様、すごいですね…!」
と尊敬の眼差しを向けてくるのはアイリスさんだ。
──いや、ただの“オタク風な考えです”とは言えないな…ハハハ…
「えぇっと…じゃあ私は、アイリスさんのフリをしたら─」
「いいえ。しなくていいです。」
「え?」
首を傾げルナマール様を見やると
「この状況を逆手に取ろうと、いや、取ってやると考え直したのです。」
一体どういうことだろうと女神様を見つめていると彼女はおもむろに立ち上がり
「【神の娘(身体)】が【神の娘(魂)】を産めばいいのです!」
と右手拳を高らかに掲げるルナマール様。
「…へ?」
「アイリスは先祖返りなので私とほぼ同格の魂を持っています。この類稀な魂を今のままの脆い身体に入れたままではなく新たに生を受けた強い身体に移し替えれれば楔も強くなる、そう考えたのです。」
「なる…ほど…?」
つまり、今のままのアイリスは肉体が脆いため楔の役目をぎりぎり請け負えている程度だが潜在能力としてはもっと力を持っているのだ。
そこで“私がインしたアイリスの肉体”で近親婚ではない子を産めば自然と強い身体を持つ子が産まれる。
そこにアイリスの魂が宿れば能力も最大限に使える立派な楔が完成!
…ということらしい。
「…皇帝は納得するのでしょうか?」
「一応、【神託】でアイリスを皇后に迎えているので理解してくれると思うのですが…」
「全て話しても大丈夫である、と?」
こくりと頷くルナマール様。
…皇帝が、アイリスではなく私だと知ったらどうなるかな…と思ったがこれは蓋を開けてみなければわからないことだな、と一旦忘れることにした。
ふう、と私はここで一息を入れ
「──アイリスさんは、どう思いますか?」
と語りかける。……彼女はもしかしたら…
「あ、陛下のことは尊敬はしていますが異性としては…微妙です。」
にっこりとキッパリ言い切る彼女に肩透かしを食らった。…杞憂だったね。
「その…義務としてという感覚で嫁いだので、たぶんミツキ様がお考えのことは外れです。」
…バレたのが不思議だったがアイリスはやはり貴族の娘らしくそのあたりの機微に敏感らしかった。
「…まあ、私も嘘ついて誤魔化すとか下手ですから全て話してもいいっていうのは、有り難いですね。」
ただ、最初は皇帝だけに留めておいたほうがいいだろうな…とぼんやり考えていた。
「貴族令嬢としての作法や仕草は身体が覚えているので自然と動けると思います。ただ……」
「?」
「…皇后として、は勉強を始めたばかりだったので…」
「ああ…ガンバリマス……」
少し遠い目になってしまった…
「─スキルがあるから覚えはいい方だと思います。」
とルナマール様が会話に加わってきた。
「スキル…!」
「はい。…その、“ゲーム”とまでは行きませんがミツキさんの好きな“ファンタジーの世界”です。」
「ま、魔法とか…っ 剣術とか…!」
はい、とにこやかに首肯するルナマール様。
ほわわわ〜とあれやこれや妄想していたのだが
「あっ…そろそろ時間ですね。」
と説明タイムが終わったようだ。
「アイリスはいずれ、貴女の子として転生します。」
「よろしくお願いします。お母様!」
とアイリスが抱きついてきて…娘を思い出してしまった。
「あ……あの…娘、は………」
「あ………」
笑顔から一転、泣きそうな顔になるアイリスに“大丈夫”と背中をさすってやる。
「……お嬢さんは、私からも微々たるものですが出来る限りの加護を与えました。日本の神も事情を説明したら『気にかけておく』と約束してくれました。」
とルナマール様が抱きしめてくれた。
…その優しさに、少し涙が出た。
「こちらの勝手に巻き込んでしまってごめんなさい。だけど、受け入れてくれてありがとう。─どうか、貴女の心の思うままに。」
「お母様にお会いできるの、楽しみにしていますね!」
と2人から交互に抱きしめられる。
「─はい。頑張ってみます!」
「では…いってらっしゃい!」
とルナマール様から両肩を掴まれぐいっと後ろに押されるとふわりとそのまま倒れ込む。
─期待と、緊張と、不安と…色んな感情を胸に抱きながら、私はアイリスの肉体へと戻っていった─