はじまり1-6
大学の教室にはいると、すぐに未来が目に入った。まだ生徒もまばらだというのに、自習しているようだ。愛花はいつも通り、声をかける。
「おはー!ミライが自習してるなんて、雪でも降るのかもね!」
未来の横に陣取り、首に腕を回す。覗き込んで見れば、ミライとは違う、ミク独特の丁寧でいて細かい文字が並んでいた。
「おはよう、愛花。ここ最近の授業をおさらいしておきたくて」
穏やかな微笑みが返ってきた。声のトーンはミライだが、無垢さが溢れる笑顔や話し方ではない。
ミクと会うのは久しぶりだ。授業についていくために復習しているのだろうが、その雰囲気にどうしても違和感を感じてしまう。
「ミク、もうちょっとはしゃがないと。ミライっぽさが薄い」
「無茶言わないでくださいよ、これでも精一杯、演じているんですから。貴女くらいですよ、気付くのは」
「そうかなぁ……」
周りに聞こえぬよう、顔を近づけ、小声で話している二人。周りからすれば、集中している未来を愛花が邪魔しているように見える。一馬もその1人だった。
一馬は教室に入って真っ先に未来を探した。昨日の事もあり、気まずいことこの上ないが、謝りたかったのだ。そして可能なら、気持を伝えたいと考えていた。だが愛花が未来の側にいる今は、そのタイミングではないと判断し、2人から少し離れた席に座った。
「愛花、ちょっとごめんね」
一馬に気づいたミクは愛花に断りを入れ、そばまで行き、声をかけた。
「おはよう、一馬君」
「え!?」
話しかけられるとは思っていなかった一馬は、驚きの余り声が裏返ってしまったようだ。さらには大きな声だったため、周囲が何事かと視線を送ってくる。
「あ、ごめんごめん、なんでもないから!」
周囲に謝罪し、勢いで未来の腕を掴んで教室を出てしまった。そのまま人通りの少ない廊下まで連れて行く。内心では心臓が口から飛び出そうなほど、緊張している。
声掛けてくれたってことは嫌われてはない…って思いたい!
「あの、一馬君。少し痛いなぁ、なんて」
「ごめん!!」
慌てて謝り、振り返れば少し困ったように笑う未来。一馬は足をとめ、すぐに腕を解放した。
「痛かったよね…ああもう、本当に…さっきも今も、昨日も…!ごめん!」
「えへへー、大丈夫だよ。もう気にしていないから、その事を伝えようと思って声掛けたんだ」
「気にしてないって…」
未来は昨日のキスをなかった事にしようとしているのだろうか。