はじまり1-2
未来は先ほど起こった事が脳内リピートされて、走っているという事実とは違う理由で真っ赤になっている。心臓が大きく脈打っているのも、そのせいだ。
いつも通り笑顔を作った。そうしたら不意に腕を引き寄せられ、触れ合った唇。
「っ……!」
きっとからかわれたんだ、そうだ間違いない、うん、よし、買い出し!!
無理やり脳内リピートされていた映像を停止させ、本日の目標へ切り替える。
「今日は特売!」
買い出しに集中している時、静かにスマホがメールを伝えたが、未来は気付かなかった。
このメールは、ただの始まりに過ぎない。
買い出しも無事終わり、帰宅の道につく。少し買い過ぎた。荷物がエコバッグを通じて肩に食い込む。
ふにゃぁ……買い過ぎた、けど!これで当面の食事には困らないなー
荷物を何度か肩にかけ直しながら歩いていると、スマホがリッターの通知を知らせてきた。
リッターとは独り言を呟いたり、共感しあえる人達とネットを通じて文字で話をすることができるSNSだ。
未来はよくこのリッターを利用している。ネットの友人の方が多い。
気が楽なのだ。知らない相手だからこそ話せる事もある。
急いで家に帰り、買ってきた荷物もそのままに、リッターを開く。
相手は予想通り、ナツだった。
ナツとはゲーム好き同士という事もあって、すぐに仲良くなった。今ではダイレクトメッセージで、個人的な話をするまでになっている。
<ミライー!構って!>
シンプルでナツらしい。
<今帰ったばかりだから、片付けが終わったらメッセージ送るよ!>
返事を返すと、直ぐに反応があった。
<わかったー!早く!>
どうやら相当に暇を持て余しているらしい。その何気ないやりとりが可愛らしくて、未来は微笑む。
スマホを閉じようとして、一件のメールが届いていることに気付いた。開いて見ると、バイトの面接日時を教えて欲しいという内容。服装も指定してある。
未来は直ぐに講義表を鞄から出して、希望の日時を送信した。
私服で出来れば黒いパンツにスニーカーかぁ、普段着と変わらないんだけどいいのかなぁ……
悩んでいても仕方がない。買ってきたものを片付けて、シャワーを浴びる。髪を乾かし、洗濯機を回して一息つく。
いつもならこのまま料理もするのだが、幸いまだ冷蔵庫に作り置いてある。夕飯を食べ終わったら何か作ればいい。
ベッドに横になり、スマホを開くと、リッターの通知が溜まっている。見ると、呟きに対して添えたコメントに返信が来ていたり、自身が呟いた事に対するコメントの通知だったり。
一つ一つ、返した後に、ナツへのダイレクトメッセージを開く。
<遅くなってごめんね>
すぐに反応が返ってきた。
<おーそーいー!先に飯食った!ミライは食べたー?>
<シャワー浴びたりしてたから、まだ食べてないよう>
<飯!今すぐ飯!>
<食べたらそのまま料理するから、今日は返事返せないと思うよ?>
<え……それはやだ!やだけど、えー……>
素直なナツの反応が好きだ。確かリッターのプロフに高3と書いてあった。
未来にとって、ナツは弟のような存在。
リッターのプロフなんてあてにはならないものだ、実際はもっと年下かもしれないし年上かもしれない。顔も声も知らない。
それでもこの関係が成り立つのがネットなのだ。
ネットの世界は居心地がいい。
<ナツくんは可愛いなぁ>
普段なら絶対に言えないような事も、素直に言えてしまう。
<またそうやってからかってさー!格好いいって言って!>
からかう、という言葉で頭の隅に追いやっていた出来事が鮮やかに蘇る。
さっと顔が赤くなった。
そうだ、今日私……
一馬に唇を奪われた事を思い出したのだ。
思わず顔面を両手で覆い、高鳴る心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
これから一馬とどう接すればいいのか、未来は思い切ってナツに相談してみることにした。
<あの、もし!もしだよ?突然、あまりよく知らない女の子にキスされたら、ナツくんならその後、その子に対してどう接する?>
<は?ミライ、キスされたの?>
心臓が跳ねる。自分が送った文を読み返してみれば、わかりやす過ぎたかもしれない。友達が、と誤魔化すか素直に話すか、迷ってしまい返事が遅くなった。
<ふーん>
これはもう、誤魔化しようがない。