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そこで真は表情を変えずに本に視線を戻してしまった。そしてゆっくりとページをめくる。真はいつもゆっくりと本を読む。読み飛ばしたり、速読をしたりはしない。その代わり、一度読んだ本の内容はきちんと頭の中に入っていて忘れることはないそうだ。
棗は机の上に肘をついて手のひらの上に頭を置き、すぐ隣にある大きな窓から外の青い空を見て時間を潰した。
真が明治の本と言ったとき、棗の頭の中には夏目漱石の名前が浮かんだ。
夏目漱石を連想した理由は、きっと夏目漱石のあの有名な猫の出てくる作品と、それから昨日拾った猫のせいだと思う。明治という言葉に、この猫と言う言葉が揃えば、大抵の日本人は夏目漱石を連想するだろう。
とは言っても、名前を知っているだけで棗は夏目漱石の本を一冊も読んだことはなかった。せっかく猫を拾ったことだし今度『我輩は猫である』でも読んでみようかな? と棗は思った。
ぱたん、という音がしたので視線を図書室の中に戻す。
するといつも通り無表情の真が銀縁のメガネの奥から、じっとこちらを見つめていた。
「猫をね、拾ったんだ」と棗は言った。
すると真はメガネの奥の切れ長の瞳を一瞬んだけ大きくさせた。真の表情はすぐに元の無表情に戻ってしまったけど、棗はその一瞬の変化を見逃さなかった。




