地の文問題、ノクターンノベルズでの描写修行
ノクターンノベル……要するにエッチ小説サイトなのだが、ここで自分が投稿した作品にはある特徴がある。
実は、ここで投稿した作品は、“チャットの文章”なのである。そのまんまではないが。
自分は、とあるチャットサイトにて、“イメチャ”をするために入り浸った。
イメチャとは(イメージチャットの略)台詞と行動を書いて投稿し、キャラクターになりきって相互に順番に打ち込み作り上げると言ったもの。
しかし、この“イメチャ”は意識の高い相手と出くわすと大変な目に遭う。
描写が下手くそだったら……。
「あなたとはもうやる気が無くなりました落ちます」システム:〇〇さんが退席しました。
「あわないみたいなのでおちます」システム:〇〇さんが退席しました。
「私の描写読んでます? 合わせられないならもう落ちます」システム:〇〇さんが退席しました。
「最低限の描写学んできてください」システム:○○さんから部屋から追い出されました、マナーを守ってチャットしましょう。
「前に来ていた人ですよね、部屋から出ていってください」システム:○○さんから部屋から追い出されました、マナーを守ってチャットしましょう。
など、相手の敷居は高く、まさにフルボッコ、幽遊白書の暗黒武術会並にあの世へぶっ飛ばされまくった。
しかし、これでよかった。(マゾではない)
小説家になろう内では正直感想というものが滅多に来ない。
本当に来ない『・・・は……と書きます』と親切に言ってくれた人は本当にレアな優しい人であった。きっとビギナーズラックが発動していたのだろう。
その点、ここは容赦がない、少しでもダメなら即さいなら~、である。
長く文章を作り上げ完成させるために、慣用句や類義語やオノマトペをwebで調べる日々。
――擬音を多くするのは冷められる、「グチュグチュヌルヌルビチャビチャ!」だとか「う~ドピュピュドビュッシードピュクロスバイク!」だとかは出来る限り使わない。
書くならば『ピンクのパンティは女子○生の蜜でぐっちょりぬるぬるで』という風に書け、ドピュでなく、『深く沈めた○○が中でビクンと震えると、○○を吐き出し、震えるたびに彼女の中に○○を吐き出していく』と書け! と、とにかく細かく細分化して行くというのが描写なのだということを学んでいく。
他人のイメチャをひたすら見て、謎の単語があればググって、意味も書いてメモに貼り付けることもした。
陰裂とかなんて読むのかさえわからない用語を沢山覚えていく。
これだけ研究すれば文章力はバッチリだろう!と、ある程度知識を蓄えて実践に向かう→しかし、敗北して一から描写を再び学ぶ……。繰り返す日々。
相手がいるチャット、ここでは更に、会話の流れ、つまり“空気を読む力”も磨かれる。
ある日、描写がお互いにあう女性と出会う。
仲良くなってスカイプとかで連絡まで取り合って待ち合わせのチャット部屋とかまで立ち上げてチャットをするような仲である。
そして、自分は告げる、「このチャットを、小説風に書き直して投稿してみたいのですが……」
相手の人は、自分の事情を知って、「人に見られるのも興奮するからいいよ♡」と承諾してくれた。
それが、投稿してきたノクターンノベルズの作品の一部になっている。
元々はチャットだからお互いに一人称視点で書き上げたもの、これを一つの視点に合わせて統一し小説の文法表現に直すには難しかったが、やりごたえがあった。
小説を書くというより作り上げていく要領だ。
「~のようで」「……をする行動、さもすればこうなるだろうとして」
と、表現することで、視点のバトン、つまりは会話の流れが作られることを学ぶ。
互いの身体の位置や、行動、周囲のアイテム、視野が広まり、読者が常に目の前にいる状況で必要最低限何を書いてい行けばよいのか学んでいく。
保育園のとき、自分はひたすらブロックや積み木遊びに没頭していたようだ、小説もその時の感覚で作り上げる。
文法も熟語も知ったこっちゃないが、ようは小説の形として違和感なく出来上がっていればいい……、というノリである。
小さい頃から本を読んで積み重ねてきた人には今更追いつけないが、書き上げた小説はなかなか様になっていると思う。
稀に盛大に文法表現を間違えていることに、本人が気が付かないでいても、やっぱり読者さんは頭がよく、感想欄を通して指摘してくださる親切な人が現れる。
とても助かっています。
ノクターンノベル、イメチャサイト、他人と会話もままならない自分が小説を通してコミュニケーションを学ぶ絶好の場所であった。