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中途半端のろくでなし  作者: 海深真明
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第1部 第2章(5)殺す者殺される者

 兜の前立がひしゃげ、身に纏う鎧があちらこちら破損した男が悟郎からそう遠くないところにいた。走りたいのだろうが、足下がおぼつかない。武器を使い尽くしてしまったのだろうか、手には何も持っていない。その男を追いかけて別の男もやってきた。こちらは短槍を持ち、油断なく歩みを進めている。どちらも悟郎には気づいていないようだ。


 悟郎は身をかがめ、様子を窺う。

 追われていた男は足がもつれ、とうとう転んだ。立ち上がる力も残っていないのか、今度は這って逃げようとしている。追っていた男は、その男に向かってナイフを投擲する。

 吸い込まれるように男の体に突き刺さる。這うのを止め、仰向けになった、悟郎の距離からでも息が上がってしまっているのが分かる。

 短槍を持った男はさらにナイフを投擲しようとした。そこに、悟郎は牽制にゴム製の十字手裏剣を放り、本命の棒手裏剣を打つ。続けてもう1本。十字手裏剣と最初に打った棒手裏剣は躱されたが、後から打った方の棒手裏剣は男の腹部に突き刺さった。


 好機と見たのか、追われていた男が体を起こし、追っていた男の足にしがみついて押し倒す。そして、馬乗りになって奇声を発しながら一心不乱に殴る、殴る、殴る。

 悟郎がそばに来たときには短槍を持っていた方の男は白目を剥き、呼吸もしていないようだった。そうしてようやく馬乗りになっていた男は殴るのをやめた。自分も仰向けに転がる。殺し合いはまだ続いているのに、喜びを抑えきれず、笑い声を上げた。


 それも長くは続かなかった。追っていた男の手から離れた短槍で、悟郎が男の喉を切り裂いたからだ。激しく血が流れ、男はすぐ息絶えた。

 続いて、白目を剥いて倒れている男の喉も短槍で切り裂いた。こちらはあまり血が流れなかった。すでに事切れていたのだろう。

「南無阿弥陀仏」

 目をつむり、しばし瞑目する。その間も襲撃の気配を探るのを怠らない。

 殺した者が殺された者の死を悼むなど偽善以外の何物でもないかもしれない。けれども、命を懸けているのだからお互い様だ、よね?

 自分自身に言い訳をする。そうしなければ、こんな狂気に満ちたことをやっていられない。


「さてと」

 悟郎は気持ちを切り替える。立ち上がり、次の戦いへと身を投じる。



 死闘を制した男がいた。相手の返り血があちらこちらに飛んでおり、鬼気を感じさせる。

 悟郎と目が合った。抜き身の刀を一振りして血を払う。それが合図だったかのように、お互い慎重に足を運び、間合を測る。


 刀と槍とでは間合が異なる。相手は間合を詰めようとする。悟郎は槍を打ち下ろし、あるいは突き、相手を近づかせない。

 一方、悟郎はそれを起点として攻めたいのだが、刀で払い、あるいは身を躱し、攻め込めなかった。しかし、悟郎の突きを飛びすさって避けたとき、相手が顔を顰めたのが見えた。

 手負いか? 試してみるか。

 打ち下ろしを主体とした攻撃から、突き主体として攻撃へと悟郎は切り替えた。相手は捌ききれず、大きく飛びすさった。着地の際、やはり顔を顰めた。


 足か?

 悟郎は、攻撃目標を下半身とした。右側の反応が鈍い。攻撃を右足に集中させた。

 突き、叩き、横なぎにする。足を狙うとみせて、腹を突いた。鎧に阻まれて深手にはならなかったが十分だ。苦痛により心が乱れ、隙ができた。

 斜め前に回り込んで、草摺と佩楯の隙間から右ふとももを狙う。過たず、悟郎の槍は相手の右ふとももを貫いた。うめき声を上げ、相手は膝を突いた。

 動脈を切断したのか、足下には早くも血だまりができている。

「ここまでか」

 男はそう独りごちた。その後、脇差しを抜き、自身の喉をかき切った。どっと血が流れる。男は横向きに倒れた。


 悟郎は咄嗟に止めようとした。しかし、その間もなく男は自害をして果てた。

 止めてどうするんだ? 自分が首を切るのか? 自害してくれて気が楽になっただろう?  自問自答する。悟郎は名前を知らない故人の冥福を祈った。

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