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中途半端のろくでなし  作者: 海深真明
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第2部 第2章(2)習うより慣れろ

「美緒が脅すから緊張したじゃないか」

 会社の面接を終え、建物を出たところで、悟郎が美緒にこぼす。

「あら? 大丈夫か聞いただけよ」

 技能について特に試験はなかった。一方、面接も形式的に行われているようで、ほとんど世間話で終えた。最後はスケジュールの確認をされたので、受かったとみていいのだろうか?

「それにしても、その格好は新鮮よね」

 面接のために悟郎はスーツを着ていた。入学式のために用意していたものだったが、例の騒動で出られなかった。今日初めて袖を通したのだった。

「着慣れなくて肩が凝るな。ネクタイも窮屈だし」

「格好いいわよ」

 美緒が目を輝かせて言う。

「そう?」

 褒められて、悟郎は恥ずかしそうに頬を掻いた。

「このままデートしようか?」

 美緒が悟郎を誘う。

「午後から講義だよ」

「あ! そうだった。残念。また今度ね」

「それにしても会社名ってPredominionって言うんだね。今まで気づかなかったけれど…」

「もっと古風な、和風なのを想像したでしょ? わざとつけたらしいよ。何をしているのか分からなくする意図もあるみたい」



 この日の夕方、会社から悟郎の携帯電話に連絡があって、悟郎の就労があっさり決まった。美緒と同様に業務委託契約という形態で、契約書は次回出社した際に作成することとなった。


「幸乃も業務委託契約なの?」

 悟郎は夕食の際に幸乃に報告をした。その際に契約形態の話になった

「そうですよ。美緒さんが常勤ではないので私も。他に家事もやらないといけませんし、こちらのこともまだまだ知らないことばかりですから、調べ物やら色々と大変なんです。

 これからはプライベートも仕事も一緒になりますね」

「そのことなんだけど…これから、プライベートも仕事も一緒になるから、仕事のあれこれをプライベートに持ち込みたくないの。だから、プライベートと仕事とを意識して分けていかないと…。仕事では先輩になるけれど、プライベートでは対等な関係でいたいのよ。家でも先輩風を吹かされたら嫌でしょ?」

 美緒が話に加わる。職場では先輩風を吹かす気なのか!という指摘は止めておいた。

「それで仕事のことを家ではあまりしなかったんだ」

「悟郎に聞かせないという意図もあったけれど、それもあるわね。それに…気分のいい話ばかりじゃないし…」

 確かに、食事の席で「鬼を退治して…」なんて話は聞きたくはない。

「気をつけるよ」



 悟郎の初勤務は、講義の入っていない土曜の午後だった。会社で契約書を作成してから、美緒と二人で電車に乗って現地に向かう。格好は悟郎も美緒もスーツ姿で、得物は持っていない。

 電車に一時間半ほど揺られ、それから一〇分ほど歩いた。

 今日の仕事は、区画整理を予定している土地の管理組合からの依頼で、区割りや道等のアドバイスが欲しいというものだった。

 二人が待ち合わせ場所に到着すると、先方の担当者はすでに待っていた。挨拶もそこそこに、早速現地を歩いて回った。現地の状況と現在の地図、区画整理案の図面、方位磁石を見比べながら、美緒は適宜問題点を指摘していく。

 担当者はその指摘を手持ちの図面やノートに書き込んで行く。

 悟郎はそのやりとりにまったく着いて行けなかった。美緒が働いているところを見るのは初めてだな、様になっているな、そんな感想を抱きながら、ただただ二人のやりとりを観察するだけだった。それなので、美緒から、

「小野さんからは何かある?」

 と訊かれたときには焦った。「何も」というの返答だけは避けたかったので、抽象的な感想を口にする。そんな抽象的な感想でも、美緒は馬鹿にすることなく真摯に受け止め、先方の担当者に伝えていく。先方の担当者もメモを加えていく。その様を見て、悟郎は何だか嬉しかった。

 先方の担当者と分かれたのは、日も暮れかけたころだった。美緒は会社に仕事が終わったことと直帰することを伝え、現地を後にした。

 あちらでの初仕事が穢れを払うものだっただけに、正直なところ拍子抜けした。

 道すがら、

「初勤務の感想は?」

 と美緒が訊いてきた。

「向こうでの初仕事が穢れを払うっていうのだったから、色々な仕事があるんだなぁと。それに、区画整理は図面引いて関係者の意見聞いて、利害を調整して終わりだと思っていたから、陰陽道?が関わってくるのが正直意外だった」

 悟郎は素直な感想を口にした。

「そうね。今回の仕事は、陰陽道は陰陽道でも風水の範疇ね。悟郎も平城京が風水によって作られたとか、丑寅の方角は鬼門だとか聞いたことがあると思う。都市設計と風水とは切っても切れない関係にあるのよ。

 今回の区画整理で言えば、ここ数百年田畑であったものを住宅街にするということは、これまであった秩序を別の秩序にすげ替えるってことよ。うまく新しい秩序を導入できれば街の発展に寄与するし、逆に失敗すれば街の衰退に直結しかねないの。だから、風水はとても重要なの」

「じゃあ、区画整理があるたびにこういう仕事が発生するの?」

「そうでもないのよね、残念ながら。

 だから、区画整理が終わってから失敗に気づくということはよくある話よ。造成するだけ造成したけれど、売れずに草だらけになっているところは怪しいかも。まぁ、値段が高すぎて買い手がつかなかったりといった別の理由もあるでしょうけれど。

 逆に、風水をまったく考慮しなくても、結果的にうまくいく場合もあるわね」

 今まで取り組んで来なかった分野なだけに、風水の知識を叩き込むだけでもどれぐらいの年月がかかるのか、それ以外にも…。悟郎は暗然とした気分になる。

「大丈夫よ。習うより慣れろ、よ。徐々に身について行くわ。けれど、正直いって悟郎にはこの手の役割を期待しているわけではないの。私や幸乃がいるからね。今回、この依頼を初仕事に選んだのは、切った張っただけが仕事じゃないってことを知っておいてもらいたかったの」

 悟郎のことを慮って初仕事の内容を選んでくれた美緒に、悟郎はただただ感謝した。

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