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中途半端のろくでなし  作者: 海深真明
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第2部 第2章(1)不承不承了承

 悟郎は哲学の講義を受けていた。その隣には、美緒が座って、教授の話に熱心に耳を傾け、ノートをとっている。悟郎の視線に気づくと、にこりと微笑みかけてきた。

 大学の講義には大分慣れた。最初は九〇分という長さに違和感があったが、今ではむしろ短いと感じてしまう。昼食の時間には、美緒と二人でお弁当を食べたり、学食で食べたり、たまに幸乃が遊びに来て三人で食べたりもした。友人もできた。最初はいつも美緒と二人でおり、また、美緒の人並み外れた容貌もあって、中々話しかけづらかったそうだ。

 稽古の方も、走ったり、体を動かすことのできる公園が近くにあり、平坂師が紹介してくれた桧田流稲城師の道場も自転車で一時間もかからないところにあり、通わせてもらった。月謝について尋ねたところ、代わりに後輩の指導をしてくれればいいと言われたので、お言葉に甘えさせてもらった。

 高校生のころ、悟郎が思い描いたような学生生活だった。もっとも、美緒と幸乃との共同生活は想像すらできなかったが。


 しかし、物足りなさも感じていた。神下ろしでの死闘、鬼退治、時が経てば経つほど、その思いはますます強くなっていった。美緒は休みや、講義のない時間帯に仕事を受けていたし、幸乃も美緒の会社で働き始めた。美緒と幸乃は家で、少なくとも悟郎の前で仕事の話をしなかったが、余計に疎外感を覚えた。


「よう。お前から電話がかかってくるなんて珍しいこともあったもんだ」

 美緒と幸乃が仕事で出ているときを見計らって、悟郎は八田に電話をかけた。

「今いいか?」

「あぁ、三時間くらいなら」

「いや、そんなにかけるつもりないけれど」

「そう? 何やら思い詰めたような声の感じだけれど」

「あのさ、仕事ってどんな感じ?」

「どんな感じって言われてもな。漠然としすぎていて、何を答えていいか分からないというのが正直なところだ」

「僕でも務まると思う?」

 悟郎のその質問には答えずに八田は、

「止めときなって。折角、離れられたのに。わざわざ、この因果な商売をすることはない。きちんと大学に通って、堅気の仕事に就け。その方がいい。親御さんだって、その方が安心する」

「何でだよ! お前だって、美緒だってやっているじゃないか! 幸乃さんだって!」

「幸乃さんってあれだろ、お前が向こうから連れてきた彼女のことだろ? 彼女の事情は知らないが、俺やお嬢は親の代よりもっと前からずっぽりと填まってしまっているんだよ。今さら個人の希望でどうこうなるものではない。けれど、お前は違うだろう? 止めとけって」

「けれど、僕が習った桧田流って、始祖が鬼退治するために烏天狗から習ったんだろ?」

 悟郎はなおも食い下がる。

「おぉ、そう言えば折紙をもらったんだってな、おめでとう。習っていることと、職業にすることとは別だろう? そうじゃなければ、習字教室に通った子はみんな書道家、ピアノ教室に通った子はみんなピアニストにならないといけないじゃないか」

「適性だってあるじゃないか」

「ほぉ、自分には適性があるって言いたいのか。折紙をもらって慢心しているんじゃないの? そういう傲慢さが剣を鈍らせるんだよ。鍛錬不足じゃないのか?」

 八田はまともに取り合おうとしない。

「とにかく止めとけって。悪いことは言わん。これ以上、こちらに首を突っ込むな。どうせお嬢に聞けないから俺に聞いてきたんだろう? お嬢も同意見だと思うぞ。じゃあな!」

 そう言って八田は電話を切った。直後、八田は美緒に、悟郎が仕事について尋ねてきた旨のメールを送った。


 釈然としない悟郎は、道場を使わせてもらった後、稲城師にも同様のことを窺ってみた。

「悟郎君にも務まるか否かということは私には分からん。ただし、桧田流の折紙を持っている君には適性はあると思うよ。試してみるなら試してみればいいと私は思うな。

 けれども、生半可な覚悟では務まらないよ。興味本位や腰掛け、物見遊山気分なら止めておいた方がいい」

「友人の八田にも相談してみたのですが、止めとけと言われました」

「八田君って岩倉さんに師事している八田君か?」

「はい。確かそうだと思います。ご存じですか?」

「そんなに良く知っているというわけではないのだけれど…狭い業界だからね。彼の家も古いからね。本人の意向がどうこうというよりも、積もり積もったしがらみから抜け出せないんだろうね。だから、止めとけって言っているんじゃないか」

「そうなのですか…」

「穢れを甘く見てはいけない。精神を病んでしまう者も少なくない。穢れに泥んで、自身が穢れになってしまう者もいる。それを分かった上でやるのなら、やってみればいいと思うよ」

「ありがとうございました。大変勉強になりました」

 そう言って悟郎は道場を後にした。



 数日後、夕食を食べ終えてから悟郎は美緒に切り出した。

「僕も仕事を始めたいのだけれど…」

 美緒は悟郎の目を見つめ、ため息を一つついてから、

「分かったわ」

 とだけ言った。

「あれ? 止めないの?」

「止めて欲しいの?」

「そういうわけでは…。八田が反対するから、美緒もするのかと思って…」

「仕方がないでしょ」

 美緒はまたもため息をついた。

「遅かれ早かれこうなっていましたよ」

 幸乃が美緒を慰める。

「それはそうかもしれないけれど…」

 それは美緒も分かっていたことなのだろう。それでも、悟郎を危険な目に遭わせたくはないという思いは依然として強い。

「幸乃は反対しないの?」

「私は前みたいに悟郎さんと一緒に仕事ができたら嬉しいかな。悟郎さんを危険な目に遭わせたくないとは思うけれど、危険だからって止めると、悟郎さんは私たちを心配するんじゃない?」

「分かっているけれど、幸乃に言われると素直にそうだと言えないわ」

「美緒のへそまがり!」

「けれど悟郎、会社の試験に受からなければ仕事に就けないからね。技能と面接主体になるけれど、あなた大丈夫?」

 美緒の了解を得て、仕事に就ける気でいたが、悟郎は肝心なことを忘れていた。

ストックがつきかけてきました。

けれども、今後も週一で更新できればと思います。

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