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中途半端のろくでなし  作者: 海深真明
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第2部 第1章(3)新しい生活

 悟郎と美緒、それに幸乃は小野家の墓参りに来ていた。万理やお互いの名も知らぬまま死闘を繰り広げた者たちの墓を作るためだ。

 先祖の墓に手を合わせた後、墓石が数基並ぶ区画の隅に万理の遺髪が収まる程度の穴を掘って埋め、川原から拾ってきた石を墓石として置く。ろうそくに火を点し、線香を焚く。幸乃が花立に花を供える。

 悟郎はシャツの胸ポケットから数珠を取り出し、手を合わせる。そして、般若心経を唱え始めた。美緒と幸乃も手を合わせ、祈りを捧げる。


 墓参りより帰る道すがら、悟郎は美緒に尋ねた。

「本当に良かったのだろうか?」

「何が?」

 頭の中で考えていたまま口にしたので、漠然とした訊き方になってしまった。

「神下ろしの儀式のことだよ」

「いいのよ」

 美緒が即答する。幸乃もそれに頷いている。


 悟郎が寝込んでいたため、先延ばしになっていた事情聴取を午前中に済ませ、午後から墓参りに来たのだった。美緒が所属する組織は、一応は民間の株式会社の態を取っているが、その出資は複数の省庁や地方行政団体が出資している。

 除霊や鬼退治などを業務とする組織であるが、その方法が特定の宗教と密接不可分な関係にあること、除霊などをあまり表沙汰にしたくないこと等々という政策的な配慮から、このような形態となっている。

 

 事情聴取で悟郎は神下ろしの儀式について、知っていること、自分の関与したことすべてを話さなかった。美緒の指示によりそうしたのだが、事情聴取を受けている最中、悟郎にとって気まずくて仕方がなく、今もまだその気まずさ、後ろめたさはしこりとなって残っている。

「嘘をついている訳ではないわ。悟郎の言ったことの検証なんてできないんだし。精々、幸乃の発言との間に矛盾がないかどうか調べる程度よ」

 一方の幸乃は、亡命者として認めてもらう必要があるので、自分の所属する組織や東西に分裂した日本の情勢について聞かれたことは素直に答えている。ただし、神下ろしの儀式については、死んだ同僚が担当していたことなので、詳細については知らされていないと答えただけだ。

「助けてもらったのに、恩を仇で返しているみたいじゃん?」

「それがあの会社の仕事なの。それ以上でも、それ以下でもないわ。それに、感謝するのと情報を与えるのとは別の話よ」

 なおも食い下がろうとする悟郎に、

「悟郎さんはお人好し過ぎますよ。もう少し警戒した方がいいと思います」

 と幸乃が言った。

「それに悟郎だって答えられないことの方が多いでしょ?」

「それもそうだけど…」

「なら、もうこの話はおしまい! 幸乃さん、近くに美味しいケーキ屋さんがあるけど行かない? 小さいお店だけど、食器やインテリアに凝っていて、緑茶も美味しいの」

「え? ケーキなのに緑茶なんですか?」

「そうなの。濃いめのお茶がケーキとよく合うの。紅茶もコーヒーもあるけど、私はやっぱり緑茶かな」

「わぁ、美味しそう!」

 悟郎はまだ得心がいかなかったが、美緒と幸乃はこれ以上話を続けるつもりはないとばかりに、ケーキ屋の話で盛り上がった。



 翌日、悟郎と美緒、幸乃の三人は両親たちに見送られて東京へ向かった。

 窓側に美緒、通路側に幸乃、真ん中に悟郎が座る。

 悟郎と美緒が話をしていると、幸乃が寂しそうな表情を浮かべ、悟郎と幸乃が話していると美緒に脇腹を小突かれるという肩身の狭い思いをした。けれども、稽古の一環で電車にはあまり乗ったことがない悟郎には、車窓から眺める景色や車内販売は新鮮で、その高揚感が勝った。

 召喚騒動で悟郎の大学通学は延び延びになっていた。幸い、美緒や美緒の会社の尽力もあって、入学の手続や履修科目の選択は滞りなく済んでいた。しかも、既に終わった講義については配布されたレジュメに加え講義録、さらには動画まで用意されている。至れり尽くせりといった状態ではあるが、やはり実際の講義に参加できなかったのは残念だった。


 悟郎の肩身の狭さはまだ続く。

「ルームシェアだなんて聞いてないけど…」

 大学近くの、これから新しい生活を始める部屋に着いて、初めて美緒と幸乃との共同生活だと悟郎は知った。

「あら? そうなの? この部屋はお父様とお母様と一緒に選んだのだけれど…」

 言外に、責めるなら私ではなく、両親を責めなさいと美緒は言っている。

 スマートフォンを取り出して、悟郎は母親にメールを送る。

<ルームシェアだって何で教えてくれなかったの!!!>

 返信はすぐあった。

<新生活を始める悟郎くんにお父さんとお母さんからのサプラーーイズ!!>

 サプラーーイズじゃないよ! 納得の行かない悟郎はなおも続けて、

<何かあったらどうする!!>

<何かって何? わくわく>

 完全に悟郎の反応を楽しんでいる。

<男女の中の、過ちみたいなやつ>

 親に向かって露骨な表現をするのは流石に憚られた。

<男女の中で起きたことはすべてが真実! 過ちなんてものは一切ないわ!>

 あぁ、駄目だ。悟郎には徒労感だけが募った。


「気が済んだ?」

 美緒が玄関扉を開けながら、声をかけてきた。美緒と幸乃の二人は既に部屋の中に入り、中を見て回っていた。悟郎一人だけ通路でスマートフォンで母親とやりとりをしていたのだった。

「…」

 恨めしげに美緒を見る。

「ほら、通路に立っていると他の人の迷惑になるわよ。中に入りなさいな」

 そんな悟郎の態度を意に介さず、美緒は涼しい顔をして言った。

 ポケットに入れたスマートフォンが振動した。母親からのメールだった。

<正直なところ、何ならお母さんも働きに出るから、二人や三人ぐらい家族が増えても大丈夫よ。ガンバレ>

 何をだ! 悟郎は諦めて部屋に入った。


 間取りは2DKだった。既に照明や冷蔵庫、オーブンなどの家電や食器、調理器具、ダイニングテーブルなど必要なものはすべて運び込まれていた。また、電気、ガス、水道もすでに開通している。

「悟郎はこっちの部屋を使って」

 万理に言われて部屋を覗くと、ベッドと机が置かれていた。

「いつの間に?」

「すごいでしょ」

 美緒が無邪気な笑顔で言う。

「部屋を契約してからすぐ準備に取りかかったの。幸乃さんの分は想定外だったから、慌てて買い増したのだけれど…」

「そう言えば幸乃さんはどこで寝るの?」

「あっちの部屋よ」

 美緒が何も言わずに先に行く。その足取りは非常に軽やかだった。

 美緒の背中ごしに部屋の中を覗くと、二台のベッドに占領されていた。文字どおりルームをシェアしている感じだ。

 狭そうだという印象を受けたが、やぶ蛇になるといけないので、悟郎はその感想を口にしなかった。

 悟郎と美緒とが手をつないで、浴室やトイレなどを見て回っていると、幸乃がやってきて無言で悟郎の反対側の手を握ってきた。しかし、廊下を三人並んで歩くのには無理があり、悟郎が先を行くととともに両手を後ろにやってそれぞれの手をとり、美緒と幸乃の二人は悟郎の後ろを歩くという、名状しがたい方法に落ち着いた。


「さて、家事分担を発表します」

 美緒が淹れてくれたお茶を飲み、お茶請けに駅売店のお土産コーナーで買ったクッキーを食べて一息ついたころ、美緒が切り出した。

 美緒が掲げるA4サイズの紙には、炊事、洗濯、掃除などの当番が几帳面な字で書かれていた。悟郎は青色、美緒は赤色、幸乃は黄色と、それぞれ色で表されていたのだが、圧倒的に黄色が多かった。次いで赤色が多く、青色は申し訳程度だった。

「あの…」

 幸乃が恐る恐る挙手をしながら言った。

「なぁに? 幸乃さん」

「やけに黄色が多くないかな、と思って」

「悟郎は大学の授業があるし、私は大学の授業と仕事があるけれど、あなたは今のところ無職でしょ」

「!」

 幸乃は声にならない声を発した。

「それにこういうことをあまり言いたくないけれど、ここの家賃等は悟郎の家と私の家から出ているけれど、幸乃さんは出していないでしょ?」

 お金のことを持ち出されると、幸乃には何も言えなかった。

「…家事を頑張らせていただきます」

「安心して、あなたがきちんと仕事に就いたら考慮してあげるから」

「…お願いします」

「手伝うよ」

 悟郎がフォローする。

「もう! 甘いんだから!」

 美緒がむくれる。


 こうして、美緒の仕切りの下で悟郎たちの新しい生活が始まった。

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