僕の彼女 ーある地球人の独白ー
完結と共に沢山のレビューを頂き、また読んで頂いた方のおかげで、ジャンル別日刊4位にランクインさせて頂きました。ありがとうございました。
感謝と共に、心ばかりのお礼をと思い、SSを書かせて頂きました。が……地球人の独白は少しセンチメンタルからかけ離れておりまして……作品に沿わぬ記述があるやもしれませんが、お許し下さい。
僕はしがいないサラリーマン、塚本惺司。
年? 三十後半と言っておこうか。間違ってもアラフォーではない。後半に上がったばかりよ?
僕にはかぐやという恋人がいる。
なんと十年ぶりに出来た彼女だ。
そのなれそめをここに記しておこうと思う。そんなお惚気いいって? まあいいじゃないの、聞いてくれよ。
僕がかぐやに会ったのは、春。桜が咲き終わった頃だ。
黒髪ロングでいつも清楚な服を着ていて、僕は行きつけの喫茶店に彼女が現れた時から、おおぁ! と思っていた。
なぜって? 彼女のスカートのファスナーが開いていたからさ、ラッキーなんてもんじゃないよ、汗が出たわ。
黒髪ロングできちっとしてそうで、いつも文庫を読んで微動だにしない、お人形さんみたいな彼女が、だよ? まいっちゃうよ、本当に。
僕は声をかけようか迷ったさ。
トイレに行く振りをして近くの席に行ってみたものの、黙々と本を読んでいる姿は、やっぱりとても声をかけられる雰囲気では無いんだよね。
考えても見て欲しい。
少し額が大きい、とても見てくれとして良い訳ではない僕が、だよ?
近くにいくだけでも神々しい美人さんに、声かけられると思います? いや、ないでしょ。
そんな僕でも、さすがに何回もファスナー開きを見させられては、たまらない。
もう限界だった。
ちらりと見えるか見えないかのあの、やんごとない布地が、ね? 僕じゃなくても限界でしょう?
勇気なんてもんじゃないよ。
清水の舞台からどりゃぁぁと飛び降りる勢いで声かけたのよ。
そしたら彼女、すましてファスナー閉めた。
ああ、さようなら、やんごとなき布地。とは、思わなかったよ? ええ、もちろんですとも!
でも間近でみた彼女にぶっ飛んでしまった。
陶器のような肌の白さに、大きな黒い瞳。
まつ毛もばっさばさで、しかも、さらっさらのシャンプーのCMみたいな髪。
天使の輪が二重ですよ、キューティクルなんてもんじゃない。
とりあえずへどもどしてその場を離れた。
その後も声をかけたかったが、相変わらずのクールビューティは僕の事なんて気にもかけないしね。当たり前だよなぁ、しがいない……もうやめよう、エンドレスだ。
でもさ、数日後に目ん玉飛び出るかと思ったんだよ。またしても彼女……ちょっと、本気? 見せてんの? さ、誘……いやいやいや、それはないだろう。
て言うか、毎回毎回同じスカートなんだよね。
なんで知ってるかって? いや、だって彼女、気になるからさ、いつも見ちゃうのも仕方ないでしょ? 逆にさ、なんで気がつかないの?
もしもし、お嬢さん、おぢさんに見られてますよ。きゃあ、見ないで! きゃあ、それならファスナー閉めて! おぢさんマイッチング! って知らないよなぁ。はぁ。
……どうする? 声かける?
また、開いてますよってね。
うん、それは言うわな。
……どうする? 告る?
いやいやいや、ダメでしょう。スリーアウト三振じゃなくて三者凡退でもなくて、なんだろうなぁ、鬼の闘将に出てこられてケツ蹴られて退場だよなぁ。ほんと、いい人亡くしたよ……
しんみりしてる場合じゃないって?
やぁ、でもなぁ。
自慢じゃないけれど、一般ピーポーなんだよね。クールビューティに釣りあわねぇ一般ピーポー!
婚活してもさ、三十代後半に丸付けるとよ? それだけでもう白い目でみられるのよ。
ーー失礼ですけど、年収は?
金持ってねぇと思われてんな、ちくしょう。
ーーあの、もしかしてお付き合いした事ない、とか?
はぁ、童貞だと思われた。そんなんかい、そんなに一般ピーポー?
ーーもしかして「潔癖症」ですか、私、潔癖な方とはちょっと……。
誰もんなこと言ってねぇしょや! 決めつけんなゴラァァ!!
そんな世間様の冷たい風にさらされるとさぁ、萎えるしょ。思わず方言でるわ。
それになぁ、仮に万が一付き合えてもなぁ。速攻で振られそう。
って言うか、まず、無理だよな。
付き合えないっしょ。
うん、とにかくファスナーだけは言いにいこう。
ファスナーだけな。
……やべぇ。なんだこの汗。
え? 告白もすんの? 本気かよ。玉砕見えてるのに? それでも告る? 十年振りに? なんで? 言っとけって? 恥さらしてこいって?
本気かよ……
そんなにかよ、自分……
あーー心臓止まれよ。
あ、いや、止まっちゃいやん。
って言うか、そんな冗談抜きで……
あーーーー!! 行くか!
いーやいーや、玉砕! ダメ元!
行け!!
うわぁ、どもったっ
ぎぇぇ、相席いいだってよ、どーするどーするどー……
あああもうだめ。そんな目で見ないでビューティィィ
まぶしすぎる!! 土下座!!
ついでに叫べ!!!!
言え!!
……え?
聞き間違いだよね。
ええぇ?! いいの?!
しがいない僕でぇ?!
よろしくお願いします、だって!!
嘘だろう?
だれか嘘だと言ってよ……
うおおぉぉ……
まじかぁぁ……!!
彼女出来たぜぇぇ!!!!
本星・ある一室にて。
「教官? いかがしました?」
声をかけられて、私は震えながらキーボードの上に突っ伏した顔を上げた。
今日は太陽系第三惑星からの定期通信の為に通信室に詰めているのだが、いつもの通信の他に添付ファイルがついていて、それを開いたとたん、この状態だ。
部下の心配そうな声に、私はくっくっと、額に指を当てて笑って言った。
「いや、かぐやからの定期通信で、彼女の番の面白い書き物を見つけたから送ると言ってきたのだかね、これは面白い。地球人独身男性の心情と、彼からみたかぐやへの恋慕が見えるのだ、読んでみるかい?」
「いいのですか?」
「ああ、これは機密に値しないだろう」
「……叫んで終わっています」
「ああ、面白いな。叫んで終わる文章を見たのは初めてだ。かぐやの注略からすると、日記というものらしい。ん? また通信が来たな。……ふむ、番が怒っているので破棄して欲しいと書いてあるぞ? 間違って送信したみたいだな。了解した、と返信しておこう」
「破棄なさるので?」
「する訳ないだろう、こんな面白いもの。私のプライベートファイルに入れて置くよ」
「貴重な資料ですしね」
「本当に楽しませてくれるよ〝蒼い人〟は。得難い種だ」
「また、派遣しますか?」
「そうだな。かぐや達の様子をみると、番になっても上手くやっているからな。第二、第三と投入してみるか」
「了解しました」
部下が部屋を出て言ったのを見送って、私は通信が終わった画面をまた見つめる。
画面には今は遠く離れた〝蒼の星〟が写っている。
かぐやと、あの少年がいる惑星。
「元気でいると、誓ってくれたのだったな」
私は少しだけ〝蒼〟を指でなぞり、こつりと冷たい画面に額を合わせる。
「私も、元気でいるよ」
目を瞑り小さく囁いて、電源を落とした。
fin