第3話 未知との遭遇
ーー悲鳴に包まれている実験場。
ネネコは頭を抑えながら跪いている。
苦悶の表情、凄く苦しそうだ。
マリが俺の体にしがみ付いてくる。
「お兄ちゃん...怖い...」
あぁ俺も恐怖を感じてる。
こんなのを見せられた後じゃ打ちたくねぇぞ、そんなもの。
肩で呼吸しているが、大分落ち着いてきたようだ。
「ネネコくんまだ慣れないのかい、そろそろ体に馴染んでも良い頃合いなのだが」
ネネコは体勢を変えずに受け答えする、
「わっ私は、まっまだ慣れないにゃぁ、この感覚に」
おもむろに動き出したネネコがこちらを向いた。
そして俺たちは驚愕した。
「ーーキャーーー!」
「ーーうぉっ!」
ネネコの眼が真っ黒に染まっている、まるでそこに眼など無かったかのように黒い。
「目は......見えているのか?」
「うん、見えてるにゃ。よーく見えてるにゃっ」
今までの調子に戻っている。
どうやら目の機能に問題はないらしい。
「安心してくれて良い、じきに元に戻る。一時的な副作用だ」
副作用か......他にも何かあるのか気になる所ではあるが、今はそれよりも超能力を実演できるのかどうかの方が気になる。
「超能力は......使えるのか?」
「金でも作ってやればいい、ネネコ」
ネネコは「はい」とだけ答えて俺に向かって手を差し出した。
俺も手を差し出し、手のひらを重ね合う。
「ーーうっ!」
ずっしりした物が俺の手に乗っかっているのが分かる。
ネネコは何も持ってはいなかったのに、今俺の手には確かな感触がある。
ネネコが手を退かすと俺の手の中には大きな、金塊があった。
「はっ? 何だよこれ?」
「空気中の分子を合成して、金を作り出しただけにゃ」
確かにこれはもう信じるしかないな、これを自分に打てば超能力が手に入るらしい、自分に打ち込んで確かめればいいだけだ。
あっそういえば。
ポケットからある物を取り出した。
「これを分解してみてくれよ」
マスクだ、出掛ける時に持ってきた物だ。
「いいにゃ、でも危ないから地面に置いて欲しいにゃ」
指示に従い地面にマスクを置く、そして俺はそのマスクが分解されていく様を見た。
ーーッ!
「驚いたかにゃー? でも現実にゃ」
あぁそうだろうな、なんなら自分の頬を思い切り抓ってみるか。
痛いだけだった。
「さぁ信じて貰えたかな、疑い深いジンくん?」
「あぁ確かにそうだな、信じるよ。それより副作用とやらを教えてくれないか、何だったんだあれは?」
「あれは脳内に、粒子が入っていくときにムズムズ感を感じるらしい。僕はした事が無いから実際どうなのかは分からないが」
ムズムズ感、それであんな悲鳴を上げるのか?
「例えるなら、何匹もいるムカデを想像したらいいにゃ、それが身体中を這っているイメージでいいと思うにゃ」
それは気持ち悪そうだな......よし! 俺はやめよう、よくよく考えたら超能力なんて俺には必要ないし、生活費も働かずに入ってくる。
俺はまたあの引きこもり生活に戻れば良いだけの話だ。
欲しい物も大体手に入るし今までの、生活で十分じゃないか。
死んだ人はもう戻らない、俺は何をしてたんだ。
超能力試験とやらが気になり来たものの、酷いものを見せられた。
超能力は実在した、それが確かめられただけでもう良い、あんなのを見た後に誰がこれを注射したいと思うだろうか。
ーー面倒くさい
引きこもりを続けて俺の思考回路は変わっていた、何をしようとしても、面倒くさいという気持ちが出てくるようになっていた。
久しぶりに頭も使って疲れた、帰りたい。
「辞めようマリ、今の見てただろ。こんな苦しい思いをしてまで超能力なんて必要ない」
教授が何か呟き始める。
「君はあの日、絶望を味わったんじゃなかったのか?」
ーーーーッ!!
「何の......事だ?」
「僕も知っているんだよ......化け物を」
ーーなに!
なんて言った? 化け物を知っているだと?
化け物って俺が見たあの巨大生物についてのことか?
「どこまで知ってる?」
「全てだ、君は憎んでいるんじゃないのかい、あの時に出くわした化け物の事を」
1年前のあの光景を思い出す。それも鮮明に。咀嚼音。鮮やかな赤。肉塊。見開かれた目。大きな口。
心臓の鼓動が加速していく、拳に力が込められる。
「......化け物はどこにいる」
「研究都市の外だ、詳しい場所は答えることは出来ない」
歯を噛み締める、拳は力を入れ過ぎて小刻みに震えている。
「超能力があれば、その化け物を殺す事が出来るぞ。欲しくは無いのか?」
一年の歳月によって風化していた、俺の中にある化け物への激しい憎悪が蘇る。
ーー服の袖を勢い良く捲り上げる。
針を肌に突き刺し、力任せに液体を注射した。
「ーーお兄ちゃん!!」
全て注射し終わった後に違和感はやってきた。
左腕から肩に向かい、そこから先は一気にやってきた。
「ーーーーあああぁぁぁあああーー」
激痛だ、高温に熱した針を身体中に刺しているかのようだった。
だめだっ! 耐えらえないっ! 気持ち悪いっ。
激痛の中に例のムズムズ感とやらを感じたが想像以上だった。
自分の体内で大量のゴキブリが蠢いているようだ、内部から食い破られているかのような感覚。
激痛と気持ち悪さとが混ざり合いなんとも、耐え難い苦痛を味わっている。
耐えきれず失神するが直後、激痛でまた覚醒する。
そんな事を何回繰り返しただろうか、一体どれだけの時間味わっていただろうか。
「......ぃ......ちゃん」
ふと背中にぬくもりを感じた、すると苦痛が和らいでいった。
背中に手を回しぬくもりの本体に触れる。
この感触......マリだ。
スーッと痛みが引いていく、呼吸を整える。
目に違和感は感じないが黒くなっているのだろうか?
「落ち着いたかい? 素晴らしい結果だ、君で三人目だよ男性の適合者は」
「......適合者......だと?」
「君の眼は黒くなっている、其れが適合の証だ」
そんなものがあったのか、適合したって事なら俺は超能力が使えるわけだな。
......? どうやって超能力を使うんだ? 分からないどうすればいい。
原子核を合成するイメージをしてみる......突如周りから砂金の雨が降る。
「ちょっと!やめるにゃ、危ないにゃ」
ネネコに突き飛ばされると同時に砂金の雨は止んだ。
どうやらイメージする事が重要らしい。
「何やってるにゃ、自己流で超能力を扱うのは危険なんだにゃ!」
「そうなのか、すまない」
鬼気迫る声で諌められた。
「そうだね、実習を行うまで超能力の使用は控えてもらいたい」
「すみません」
にしても周りが砂金だらけだ、目がチカチカする。
恐らくさっき見た金塊のイメージが無意識的に出たのだろう。
「妹さんはどうする? 彼女なら適合に失敗する事はまず無いだろう」
マリにもあの苦痛を味あわせるのか、ダメだ! マリには関係無い。
突如、警報の様な音が鳴り響く。
「ーーなっなんだ!?」
教授は携帯端末を取り出し誰かと通話を始めた。
「状況は?」
「新たなキッダーです! 骨格は蜘蛛型、巨大種です!」
女性の声だった。
「ベータ区で交戦中、既に死者が一名出ています」
「チッ、直ぐに行く。それ以上死者は絶対に出すな! ネネコ、ベータ区だ」
「了解にゃ!」
次の瞬間、さっきまで隣にいた彼女は消えていた。
辺りを見回しても何処にもいない、何が起きた?
「付いてきたまえ」
連れて来られた所はβの文字が書いてある扉の前。
他にもα、γの文字の扉が見える。
βの扉の中に、マリが入れられた。
「えっ何? お兄ちゃん!」
次に扉が開いた時には、誰もいなかった。
「おい! マリに何をした!」
「安心しろ、β区に送っただけだ。次は君だ入りたまえ」
教授に無理やり押し込まれた。
なんだか暗いし、思った以上に狭い何なんだここは?
扉が開くとそこには今までの場所とは違う所になっていた。
「こっちよ」
若い女性に手招きされたため、仕方なく従う。
後ろの扉が閉まり、次に開くとそこには教授が立っていた。
「詳しい状況を」
「はい、瘴気から新たなキッダーが出現したため監視飛行中だったサラが調査に向かい、その後通信途絶。直ちに本隊が出撃し交戦に入りました。」
「モニターを映せ」
モニターに黒い巨大な蜘蛛の姿をした巨大な生物が映し出された。
なんなんだよ......これは。
周りには人間だろうか、何かが飛び回っていた。
その光景に俺は息を飲む。
ーーモニターからは女子の悲鳴。
ーー俺はこの後どれだけの悲鳴を聞くことになるのか、この時は想像も出来なかった。