5.
自分や、逃げ惑う兵士たちに弾丸が向かってくる。刃から生えた爪をムチのようにしならせ左右に薙いで防ぎとめる。剣先で虚空に円をえがくと、その円の中に半透明の防壁が生まれ、防御を潜り抜けた弾を妨げた。
金属質な残響が尾を引く。それが鳴りやまない間に、ガレキから突き出た機体が、それこそ獲物に食らいつく猛禽のように飛び込んできた。
枝折は自身の手前に正方形をえがく。
生み出された半透明の壁は、紙一重でその魔鳥の突進を食い止めた。
しかしなおも食い破ろうとジェットのようなものを噴射し、前進を止めない。
「シェルフ! 『空の巻』!」
枝折は短く怒鳴る。それだけでも、ふたりの意思を疎通させるに十分だった。
シェルフはトランクから抜き取った本を投げ渡し、枝折は片手で盾を維持しながら、空けた逆の手でそれをキャッチした。
ケースから書を外すと同時に、その身を低くする。
障壁が取り払われた瞬間、彼の頭上を高速で機体が通り抜ける。
直撃はしなかった。だが皮膚を裂くようなはげしい衝撃波が土壁を根から倒し、枝折を吹き飛ばした。
投げ出された中空のなか、彼は水色の書をあらたにケースに叩き込むようにして装填した。
〈Now Reading……〉
さきほどと同じシークエンスの動作音が、かぼそく風に流れていく。
ベルトや短剣の刻印に、空のような青い輝きが流入していく。
その刀身に稲光のようなものがほとばしる。着地した後一度それで足下をたたいてたわませて、頭上へ向かって振り上げた。
伸びた光線は急浮上しようとする書徒の尾翼へと絡みついた。
だが引き止めることはできず、逆に枝折が引っ張り上げられ、ふたたび宙に浮くことになった。
「……のっ……!」
腰の『読み取り機』による肉体の最適化処理……すなわち身体能力や反射神経の底上げは施されているが、それでも空気の塊が顔に押し寄せれば、目を開けられないほどに耐え難い。
それがやわらいだ後に目を開けば、その足の下には、豆粒のようにちいさくなった建造物があった。さらにぐんぐんと、高度は増していく。人々の影などは完全に見えなくなった。
文字通りの浮き足立った姿勢が、青年術師の恐怖を助長させた。
奥歯を噛み締め、耐える。
尾翼につながったまま、彼は声にならない声をあげた。
「いい加減目ぇ覚ませ、アホ! これ以上は庇いきれんぞ!?」
状況が予断を許さず、またそんな事態にさらされたなかで、精神的に余裕などない。
そんな中での叫び声には、常日頃の虚勢はなく、心情は剥き出しだった。
暴れ馬のように狂った飛行をつづける旧敵に揺さぶられながら、それでも枝折は旧敵を掴み続けていた。
だが強化された肉体とは言え、その風圧は生身の人間には耐えきれるものではない。
手を離すのが先か。四肢が千切れ飛ぶのが先か。
そんな状況下で、彼は自分から前者を選んだ。
当然、重力に逆らえずに落下する。
助けに来てくれるものは誰もいない。支えになるものはなにもない。
『空の巻』の特性で自身をを制動し、着地の衝撃も和らげる。そのうえで
それがベストなのだが、上空から追撃する書徒がそれを許さない。
機首を枝折に向けると、機銃を連発し、ミサイルをその場で精製して射出する。
枝折は短刀で空を切った。
彼の周囲に風が生じて、その姿勢を上向きにする。そのうえでもう一度、横薙ぎに眼前の空間を切った。
一閃の軌道に生じた黒雲が、そこから生じた紫電が、弾丸の雨を撃ち落とし、ミサイルを塞ぎ止める。
だが勢いは殺しきれず、その風圧に押し込まれる形で落下の速度は増していく。
が、着地の姿勢を整えるためには自身の霊力も腕もツールも足りない。刃を縦横に振りかざして攻撃を防ぐだけで精一杯だった。
そんな彼の横合いから、何かが突っ込んで来た。人の形……に類似した影が。
予期せぬ場所とタイミングと方角からの攻撃は、そのまま乱入者ごと彼の身体を吹き飛ばした。
彼がいた空間を、銃撃が通過していった。