1.
空を覆うほどの巨大な要塞は、自壊を始めながら下降していった。
その下で、人間と魔とが刃を交えている。
いや、それは駆逐といってよかった。
人間が、魔の数を減らしていった。
人間たちは、色とりどりの鋼鉄質な武器をそれぞれの手にしている。
そこから放たれる雷や炎の輝きが、夜の闇を照らしていた。様々な動植物をモデルとした魔神たちをそれらの魔術が貫き、彼らの肉体を消滅させていく。
後に残るのは、一冊の本だった。手にあまるサイズ。幾何学的なタッチで、その持ち主であった魔物の原型が表紙に描かれている。
そして魔物の数は減りつつあり、かわりにそうして地に転がる冊子の量は増していく。
本を踏みにじりながら、人は進む。
だがその流れの中で、さながら波の中の岩礁のように、その場に留まる一組があった。
一方は、猛禽の魔人。
高所を飛べるという利を捨てて、地につけた足を鋭く突き出す。
「どうした? 飛ばないのか」
片刃のロングナイフでそれをいなしながら、対峙する少年は指摘し、あおった。
フンと鼻で笑い飛ばした怪人は、幾重にも鉄片をかさねた腕を突き出した。
刃では直接受け止めず、くり出されたパンチに沿わせるように、刀身をその外皮に滑らせた。
「もはや勝ち目はないのは承知している。今さら小鳥が飛んだところでどうにもなるものかよ」
霊力を帯びた極彩色の火花が飛散した。
互いの得物を密着させたままに身体を入れ替え、背中合わせになって、不自然な姿勢のままに二人は争い続けた。
「ならばせめて、貴様との決着だけはつけなければ、な!」
鳥人の怪力は、少年を強引に弾き飛ばした。地を転がる彼に、翼から撃ち放たれた無数の光弾がせまり、地面に着弾すると爆発して彼のいた空間を根こそぎえぐった。
焦げた土が黒煙として舞い上がる。それを突っ切り、少年は片刃をかざして突っ込んでいった。
「無駄とわかってるなら降伏しろっ、お前『飛将軍』だろ!? この『大侵攻』における第一司令官だろ!」
「だからこそッ、理解しているのだ!」
激情のおもむくまま、『飛将軍』は正面から彼を迎え撃つ。
刺突を細身の片腕で抱き込むと、もう片方の腕のかぎ爪が、少年の肩肉をえぐるべく振りかざされた。
「これから先の人の世に、我らの生き場などない。よしんばあったとして、それは途方もない生き地獄であろうよ!」
少年はナイフを片手へ持ち替えた。
空いたその手で、腰に下げた魔術書の表紙に印を描く。
持ち主の命にしたがってそこから溢れ出た光の粒子が、障壁となって爪撃の前に立ち塞がった。
障壁から溢れ出る霊力が波となって、鳥人を吹き飛ばした。散らした羽の霊力がそれを相殺し、生じた爆炎を挟んで、人魔はふたたび間合いをとった。
「……そしてそれは、貴様とて同じことだろう」
先ほどの怒号から一転、むしろ哀れむような調子で、感傷的に、魔物は言った。
「我らはここで消える。だが我らを打倒しうる力を持った貴様らは残る。……その時、持て余したその力を貴様ら『詠手』はどう扱う? 誰を敵とする? ……他の人間どもは、どう見るかな」
「……殺し合い中の相手に憐憫か。お優しいことで」
そう揶揄を飛ばした少年に、わずかに含みを持たせ、鳥人は笑う。
「種族間の因縁はさておき、私は貴様のことが好きだったよ。その生真面目さと、それをひた隠すヘソ曲がりっぷりは、愛しむに値する。……だから、かなうならば、貴様の手で」
魔を包む霊力が、渾身の気合とともに膨張する、人が手にかざした刃が清浄な気合によって何倍にも伸びる。
二人から発せられる波動は互いに打ち合いながら炎を打ち消し、そして両者はそれぞれに最期の一撃をくわえるべく、肉薄し、交わりながら一つの影となる。
人に排斥され、人を憎悪した、ありとあらゆる人外たちの一斉蜂起。日本の信州地方を復興不可能と言わしめるほどまでに壊滅せしめた事件。
人ならざるものは『大侵攻』と呼び、事情を知らぬ日本人たちは未曾有の大災害『川中島大火災』と呼んだ。事情を知り、かつその場で戦ったものたちは『川中島事件』という言葉で片づけた。
いずれにせよその大戦は、彼ら人外の敗北をもって幕を下ろした。