裏切りは告白のあとで。
雪は嫌いだ。覆い隠していたものがいつかは確実に白日のもとに晒されるからだ。
雨は好きだ。雨が降れば人知れず泣ける。
『裏切りは告白のあとで』
LastChapter:裏切りは告白のあとで。
付き合い始めて一月も経っていなかった。
「は?」
「……わるい」
「冗談はよせよ。つーか冗談であってくれよ」
「すまん」
「それを俺に知らせてどうすりゃいいんだよ俺は。東北だぞ?
そっちに居るならいざしらず。いや、いたらそんなことはさせないけどさ」
「ほんと、すまん」
「いや、いい。わかった。帰ったら話し合おう。しっかりと」
「すまん……」
「ん。じゃあな」
弥生が結菜を襲った。
親友が俺の彼女を襲った。
それを聞いたときなんというか。寝耳に水で。対岸の火事のように。
まるでテレビでニュースを見ているかのような、そんな気持ちでしかなかった。
とりあえず結菜がどうしたいのか聞かなくちゃいけない。
俺のことは二の次でいいからまずは結菜と話さなくちゃ。
そんなことも思った。
あとにして思えば、気づかれないように隠すのが最善で、話すのは次善で。
気づいてしまうことは最悪だから。とりあえず話してくれてよかったとは思うけれど、
なぜ話してくれたのか。話したらそりゃお前らは気が楽になるけれど、俺の感情はどこへ?
どこへぶつければいいのだろうか、なんていうのは後の祭りではあるけれど。
弥生と話し終えすぐに結菜へと電話した。
結菜が襲われたことに俺があまりショックを受けていないことに、結菜がショックを受けていた。
彼女を襲われておいてショックを受けないだなんて。
そしてもしかしたら俺がそんなことで結菜を嫌うかもしれないということを恐れていた。
彼女には悪いが俺にとってはそんなことだった。
たかが襲われたくらいで嫌いになれるわけがない。
たかがではないけれど、それくらいのことで嫌いになるほど……。
嫌いになるほど?
執着心がまるでない。現実味がわかないからか嫌悪できないでいた。
これが当たり前なのかどうなのかさえ定かではないくらいに動揺していたのは確かであるけれども。
そして話を聞く限りではどちらも悪いどころか、三者三様に悪いけれど、
しいて最も悪かったと言えば、弥生であり。
被害者は結菜であったがために俺は嫌悪できないと結論を出した。
俺の中ではそれで完結できたから良かった。
といいたいところだが、何一つ始まってすらいなかったのだった。
それは、結菜と弥生の関係、俺と結菜の関係、俺と弥生の関係。そして四人のあの関係。
結菜がこれまで努力し、今まで繋いできた何かが脆く千切れた音が聞こえた気がした。
そう、世界は結菜を絶望の淵へと突き落した。
それから一日二日と結菜は弱っていき、二週間たちとうとうストレスにやられた。
職場で作業ができないほどの過呼吸やめまい、その他に襲われた。
「―――わかれて、ください」
彼女が出した結論は僕と別れるだった。
僕との会話で弥生を思い出し、彼を許そう許そうと思うたびに心が壊れていく。
僕は悪くない。嫌いになったわけじゃない。
でも、ごめんなさい。
弱くて、ごめんなさい。
そんな文章が認められていた。
俺は甘かったのだ。どうしようもないくらいに甘すぎた。
身内であれ男女は男女であり、男女の友情なんて成立するはずがないとわかっていた。
わかりきっていたはずなのに、僕らなら大丈夫とどこかでノンキしていたのだ。
止めるべき場所はたくさんあった。止められる場所はたくさんあった。
それを見過ごしたのは、ボクが甘かったからだ。
男という生き物はどういうものかオレが一番わかっていたはずなのに。
隆治に出来て弥生にできないはずがないだなんて。
俺が一番嫌っていた押しつけを俺は知らず知らずやっていたのだ。
だからやっぱり僕は甘かったのだ。
そう俺は甘すぎたのだ。
あれほど盲信すれば馬鹿を見るとさんざん学んだはずなのに……。
学んでいたからこそ気をつけていたのに。
いつだったか同好会の先生から言われた言葉を思い出した。
『お前は常に中立を保っている。妥協点を常に探していると言ってもいい。いわばバランサーだな。
教師としては助かったが同じ生徒たちからはどう思われているのか。それが心配だったが……。
お前はバランサーだが、しかし身内だと思ったやつに対しては甘い。ダダ甘だ。
それはいいことでもあるし悪いことでもある。
もしも、身内に裏切られたらお前はどうするんだろうな』
そんな問いかけに俺はなんて返したっけか。
……ああ、そうだ。
『疑い抜いて出した結論が全てですよセンセ。それで裏切られたのならその時はその時です。
裏切られたから自分も裏切るってのは違うんじゃないかなって。
そりゃ筋は通さなくっちゃいけないですけどね。
やっぱり俺はまた信じちゃうんじゃないですかね』
そんな答えを出した俺を先生はどんな気持ちで見ていたのだろうか。
あの目はどんな感情を表していたのだろうか。
……。
結局俺は甘さを捨てきれないようだ。
どうやってもそのようにしか生きられないみたいだ。
ならいっそ逆に開き直ってしまおうか。
俺は甘さを捨てない。抱えて生きていく。無論死ぬまで。
なんて。
そんな風に現実逃避を繰り返すことで俺は心の安静を保っていたのだった。
***
「は?別れた?」
「うん。わかれた」
「あんなにお似合いだったのに?」
「うん」
ミカさんに話した。
オレ一人で抱え込むにはちょっと大きすぎた。
悪手だったかもしれない。
結菜の母親にも話さないでくれと言われたが、無理だ。
話さなかったら俺も押しつぶされていた。
そりゃ結菜のことを思うのなら話すべきではなかったかもしれない。けれど。
俺自身がバランサーになれない状況下で俺達の状況をある程度想定でき、
これまでを知っていて中立な意見を持ってくれる第3者となる誰かはミカさんしかいなかった。
他の人だとそれこそカウンセラーには馴れ初めから話さなくちゃいけない。
そんなのは七面倒すぎる
「なるほどね。甘いな」
「だよね」
「でも、弥生が一番悪い。女性を襲っちゃいけないってなんでわかんねえかなあ」
「俺にもわかんねえよ」
友人関係よりも欲望をとっちまうやつの心情なんか。
わかりたくもねえ。
逆説的に言えば魅力的な女なら誰とでもやれるっていうのかよ。
俺も男だからわからんでもないけど、よりによって友達の恋人に手を出すって……。
そんな背徳すぐに押しつぶされるだろ繊細なアイツなら。
なんで……。なんでだよ弥生。
「それに結菜も無防備すぎ」
「あー……」
もっと口を酸っぱくしてきつく言えばよかった。
あの日おかしいと思った瞬間に言えばよかった。
そうすれば……。
「まあ、隆治のはなしてくれたことが本当なら私は隆治側の中立な立場かな」
「ごめん。助かる」
「帰ってきたら話すんだっけ」
「うん。そのつもり。できれば年内に話したいけど……」
「弥生は話せても、結菜が問題、か」
「うん」
「ふうん。他の人には迷惑かけちゃ駄目だからね」
「気をつけます」
「カッとなってもすぐに手出しちゃ駄目だから」
「はい」
めったに怒らないキレない俺が何するかわからないから事前に言ってくれたのだろう。
すごく助かる。当たり前だとしてもその一言はありがたい。
***
別れておよそ一月たった十二月二十三日。
冬季休業に入ったためにやっと地元に帰ることができる。
やっと弥生と面と向かって話し合える。
今日、やっとちゃんと表情を見て話を聞けるのだ。
まるで、ではなくまさしく愚者だと自分でもわかっている。
今更終わってしまった関係を取り持とうだなんて、土台無理な話だ。
でも、結菜はその無理なことを頑張ってつなげたのだ。
結菜に出来たなら俺にも出来なきゃアイツの彼氏だったことや親友であることにも胸を張れない。
それに別れるちょっと前に頼まれてしまったから。
―――弥生のこと頼んだよ、隆。
―――私は無理かもしれないけれど。
―――隆治ならもう一度弥生とやり直せるって信じてる。
別れたから無効だって、勝手すぎるって拒否しても誰も文句は言うまい。
『任せろ。』
と、一言で返したのは、結菜を安心させるためでもあったけれど。
俺がやりたいからってのと、結菜との約束は破りたくないっていう未練がましさ。
その後が悲劇だったとしても来年を笑って迎えるために俺は片をつけに行く。
かっこ悪くたっていい。女々しくたっていい。俺の価値が下がってもいい。
と、思ってた。
でも、もうそんな理由もなくなった。
だって、結菜と別れたから……。
下手したら友達でもなくなってるんだ。
それなのにそいつを傷つけたから殴るってのは無理だ。
だから、顔がムカつくから、表情がムカつくから殴ることにする。
殴るのは一発と言っちゃったから、蹴ろう。
殴れないのなら蹴ればいいのだ。
はたして俺に蹴れるのだろうか。
いや、やるのだ。
筋は通さなくっちゃいけない。
俺は甘くても筋を通さないことはできない。
そういう風に育てられたはずだ。
道理ってのはそういうものだと叩き込まれたはずだ。
男なら自分の女を守れとそう言われたはずだ。
結局守れなかったけれど。
ーーーけど無理だ。
俺はあまちゃんだ。
『その甘さはいつか仇となることがあるかもしれん』
いつかの父親も恩師と同じことを言ってた。
甘すぎる性善説を盲信している。
自分ではそんなことはないと思っても他者から見れば人がよすぎる。お人好しすぎる、らいし。
なら逆にどう足掻いても甘さを捨てきれないのなら抱えたまま死ねばいい。
なんど裏切られても信じることをやめなければいい。
いつかその愚行で身を滅ぼすとしても。
信じ続ければいい。
信じることをやめなければいい。
傷つき裏切られるのが怖いならなおさら勇気を出して
信じればいい。愛せばいい。
それしかできないのならそれを極めるしかない。
なればこそ。
「もっかい1から友達やろうぜ弥生」
結局のところあの日の真実はわからない。
なにがどうなってあの惨劇にいたったのかわからない。
わからないことだらけだ。
どんなことになっても結菜は結菜であって。
俺が好きなことに変わりなくって。
だからわかってることはただ一つ。
俺がまだ今でも好きだってことだよね。