山登り
男は神奈川県の高校に通う一年生だ。
その高校には、近くにある嘘つき山に登るという伝統があった。伝統は嘘つき山が嘘つきになる前からあるそうだ。
五、六時限目を使い春麗かな日に皆でピクニックである。楽しそう?いやいや、教師が迷えば皆迷う地獄の山登りに楽しさを求めてはいけない。
男は中学生の時、剣道をしていた。だから体力はあるだろうと高を括り山登りに臨んだ。
結果として、山登りに使う筋肉と剣道に使う筋肉は違うことを男は知った。クラスの面々に置いていかれ、他クラスの人とも会うことはなく、目的地に行くことが叶わなかった。
最初から山登りなんてしなければ良かったと男が後悔しながら山を下っていくと、少し前に見た滝のところまで戻っていた。
滝は綺麗だけど俺の心はどん底だよ等と思いながら下り、無事学年主任の先生と出会う。
山で遭難しそうになりましたと報告すると、学年主任の先生はこう言った。
「じゃあまだ頂上には行ってないんだね、今度の土曜日にでも登ってきな」
そして彼は山登りをしているのだった。
と言ってもこれは二往復目である。一往復目はこの前の事が何だったんだと思わせるくらい簡単に登れた。
学年主任やクラス担当の教師、学校のことをぐちぐちと呟きながら下山していると、目の前に猪がいた。
散歩中なのだろうか、猪はフンフンと男に近づく。
それを見た男は一歩、一歩と後退る。そしてどうやり過ごそうか考えていると、突然猪が走ってきた。
男には理由も何も分からなかったが、このままだとまずいことは理解していた。
男は後ろを振り向き駆け出した。後ろにはフンフン鼻を鳴らしながら追い掛けてくる猪一頭。
男は絶体絶命と言ってもいいだろう。
笑い話ではすまされない、死んだら絶対あのくそ教師たちの枕元に立ってやると思いながら走っていく。
後ろを振り向いて猪が増えていないか確認する。どうやら猪は怒ってはいるが玩具を弄ぶことを楽しんでいるようで、男を追い詰めるような位置で駆けてくる。
とりあえず増えてはいないことを安堵し、前を見ると猿がいた。
猿はこちらを見てニヤリと笑うかのように顔を歪ませ、腕を大きく広げる。
男は絶望した。あの猿が男を捕まえようとしているのだと気が付いたからだ。
「前に猿、後に猪。これ如何に」
現実逃避を始めようとすると、一瞬薄い膜に飛び込んだような感覚が全身を包む。
男が疑問に思っていると目の前にいたはずの猿がいなくなっていることに気が付いた。




