好きの形
「暑い、暑くて死にそうだ」
学校の廊下。いやに重い、少し埃のかぶった資料を次の授業の教室に運ぶという授業の係らしい仕事をしていると同じ係の田村祐一はそんな思ってもない適当な言葉を吐いた。
くだらなすぎて無視しようかと思いもしたがなんとなく、なんとなく、何か返そうと思い適当に反応した。
「いつものことだけど、急にどうしたの?中二病の発作?」
彼、祐一はいかにもだるそうにこちらを向き、先ほどよりおおげさに、真夜中に食べる豚骨ラーメンくらい重そうな声で話し始めた。僕は窓の外を見たまま。
「急にとは何だよ、急にとは。今、現在、お前だって体験してるだろ、こんな蒸し風呂みたいな暑さを。あと中二病はもう卒業済みだぞ、失礼な」
それは失礼しましたー。
「確かに暑いけどそんなこといまさら言うことでもないだろ、何年ここで生活してるんだよ。それにこの程度じゃお前は死なないよ」
「なに、そのちょっと嬉しいセリフ、きもいんだけど」
祐一のそんな返答に持っている資料が一段と重くなり、ほのかに暑さが増したような気がした。
・・・こいつ自身ではなく脳だけはもうお亡くなりになっているのではないだろうか。
「皮肉のつもりだったんだけど・・・」
「知ってるよ、ばーか」
ああ、隣の馬鹿がすごくウザったい。暑くて死にそうなのではなかったのか。
「そんなことよりさっきから何を真剣に見てるんだよ・・・ああ、そういうことか」
祐一はけだるげな足取りをいったん止め、僕の視線の先を見てから言う。その先にいるのは次の授業が体育であろう隣の組の女子だ。
「ホントお前も好きだよなー」
「やめろよ、その言い方だと女子全員が好きみたいだろ」
「え、うそ。違うの?俺は女の子全員好きだけど」
こいつは、相も変わらず最低なことをちょろっと言ってのける。やはり根っからのアホだなこいつはとか思ってしまう。口に出して言わないけど。
「別にお前の好き嫌いは今更どうでもいいよ」
「ああ、そうだな、俺の好き嫌いはどうでもいいな。今の話題はお前が、一人木陰に座り本を読んでいる峰崎さんをなめるように、それこそむしゃぶるように見ていることだったな。」
近くを通る奴に聞かれたらどうする気なんだろう、こいつは。
「やめろよ!そんなことを大声で言うなよ!」
「見てたんだなー。おまえも人のこと言えないことあるよな」
「うぐっ、そんなこと、」
暑いせいか息苦しくて言葉に詰まる。別に図星だからとかそういうことではない。ほんとにほんとにそんなことはないのだ。
「とにかくお前がさっき言ったような見かたはしていないからな」
「はいはい、わかりましたよー」
ホントにむかつく。この欲情サル野郎が。
「それにしてもお前も本当好きだな、峰崎」
「別にいいだろ。それに俺はお前と違って、真剣に、純粋に好きなんだよ」
「なんかお前が言うとちょーキモイな、うへぇ」
「うるさいバカ!」
なぜ僕はこんな奴と友達になったのだろう。なってしまったのだろう。母にあれほど友達は選べと言われていたのに。今なら母のあの時の心境が分かる気がする。
「窓からずっと見るとか、ちらちら盗み見るとかストーカーみたいなことしてないでさっさとコクってぶちゅっとやってやることヤっちまえばいいんだよ」
「・・・ホント最低だよなお前って。」
昔からやることはいつの間にかさっさとヤってしまう奴だが、本当にサルみたいなやつだ。サルに失礼か・・・。
そんなくだらないことを話していると休み時間にもかかわらず、ばかにうるさい蝉の声だけしか聞こえないことに気付いた。
「なあ、今何分だ?」
「あぁ?そんなの時計見ればっ、て、もう授業始まるし!急ぐぞ!」
「おいっ!待て、おいてくなよ!クソッ!」
走りだそうとして転びそうになる。
そんな僕たちをおいて無慈悲に始業のチャイムが廊下に鳴り響いた。
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